2017年03月23日

子どもが宝の時代 ~未来を守るエコ・ライフ ⑩-C(ほのぼの版)~

少なくなった次世代の老人層より、さらに割合的に支える次世代の層(特にさらなる世代の子ども)が少ない

という、急激人口圧縮

が起これば・・・・・・・・・・・。


これは、高齢化から反作用される、更なる〝別問題〟ということで

注意が必要かもしれません。
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2017年03月24日

結婚する人しない人 ~未来を守るエコ・ライフ ⑪-A(ほのぼの版)~

結婚しない人が、高齢化を止めることで〝ヒーロー〟呼ばわりさせる日も近いと思われますが

前回の議論から

〝人口圧縮〟してしまえば、そうも言えなくなるわけです。
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2017年03月25日

結婚する人しない人 ~未来を守るエコ・ライフ ⑪-B(ほのぼの版)~

この場合、結婚せず(ないししていても)子どもを生まない人(親にならない人)は、産む人育てる人(親になる人)に対して、〝尊敬と応援のココロを向けねばならない〟ということです。 (嫉妬などもダメ)

理由は、親にならない殆どの人は、何らかの理由で〝育てるのが困難だから〟であり、その傾向があっても〝育てることを選択した勇気ある人〟は、尊敬に値する人で、〝何らかに、支えるべきだ〟ということです。
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2017年03月26日

結婚する人しない人 ~未来を守るエコ・ライフ ⑪-C(ほのぼの版)~

逆に、親になっている人が そうでない人に対して偏見を持つのもNGです。そうしてしまうと〝正しい選択ではなく強いられただけの選択〟になりますから(^^


私は、一定の緩やかな加速度で、クリーンエネルギー100%になるまで、戦争なく人口減少してほしい、と思っています。
posted by インテグラルとど at 21:58| 実用的生活実践 | 更新情報をチェックする

2017年03月27日

深い恥の意識で自己実現 ~未来を守るエコ・ライフ ⑫-A(ほのぼの版)~

これまでの私の議論を

〝戯言だ〟〝机上だろ〟って思った人は

〝認知のみが不自然に高い〟歪んだ文化に浸っている可能性が高いです。


(詳細省略。あくまで可能性です。)
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2017年03月28日

深い恥の意識で自己実現 ~未来を守るエコ・ライフ ⑫-B(ほのぼの版)~

このように、これまでの議論から、エコ的に思いやりを持ってする〝自己実現〟は

決して、無思慮に快楽に覚え貪る〝自己愛(不合理のナルシシズム)主義〟ではなく

〝深い恥の意識〟から来ているもの、なのです。
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2017年03月29日

深い恥の意識で自己実現 ~未来を守るエコ・ライフ ⑫-C(ほのぼの版)~

環境破壊に貢献してしまっている、投資や消費や仕事主義など

間違った古い価値観にとらわれず、しかれど

がんばってがんばって(・∀・)

自分なりに、〝万物に対してある程度正しい法則〟を ―――
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2017年03月30日

深い恥の意識で自己実現 ~未来を守るエコ・ライフ ⑫-D(ほのぼの版)~

見いだし、自分で考え実行していく


ただ、このやりかたが、多様性を帯びてきているゆえに、表面分類では識別がしにくくなっている


それだけのことなのです!!!
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2017年03月31日

深い恥の意識で自己実現 ~未来を守るエコ・ライフ ⑫-E(ほのぼの版)≪終≫~

というわけで、ざっくり終わりますが


〝貧富の差と健全な未来の投資像〟〝高齢化の原因の社会の空気とその後の責任〟〝地に足着いた生活観〟〝物を大切にすること〟〝子育てに敬意を持つこと〟〝クリーンエネルギーの拡大とエネルギー節約〟〝消費主義が環境を破壊しないには? 新しい価値観と行為の企業〟〝健全な自己実現と歪んだ自己肥大の違い〟

こういった要点を振り返りつつ、この、半ば近況の反作用(笑)から 思いめぐらせと勢いで生まれた今議論コーナー。お楽しみいただけたなら、とても幸いでありますっ(・∀・)キラァン
posted by インテグラルとど at 19:00| 実用的生活実践 | 更新情報をチェックする

2017年04月01日

☆SP論文☆ テーマ曲と記号論 ~セルフプロデュースと商業音楽 Intro(兼)~

思想も音楽も〝実際の指示対象(レフェラン)〟ではなく〝記号(シニフィアン)〟です。

(これを見落としている人がホントに多いのです。全ては視点であり解釈である[ポストモダン]以上、所与の〝レフェラン〟としてはもはや成り立たないからですね。)

要は、〝インテグラルな思想や音楽等を取り入れれば統合的になるだろう (レフェランに対するシニフィアンとしての独自の解釈)〟→〝外側[広い部分]にて、高確率で矮小化している〟 (はずという)わけですね(笑)


映像作品に 関係が薄いアーティスト曲を引っ付ける(起用する)場合、〝歌い手=作曲者=映像作品の作者〟となるのが理想であり、一つでも成り立たないことで〝記号論的に解釈が(通常)割れる〟のです。

(コアな陣営は昔からこれを知っているんだろうなぁと思います。あえて公開していないんじゃないのかな?と(笑) -私は最近気づきましたが あえて挙げる[私側の]理由と視点は[後シリーズで]明らかになるでしょう。)


特に、深い映像作品(ムービー)元が 別に 原作(漫画など)である場合は、原作作品と音楽楽曲双方を湾曲してしまう可能性があります。

映像番組枠のCMで歌手アーティストをプロモーションする例では、楽曲[曲の骨組み=本来の意図]が歌い手と映像作品双方に対して〝ほぼ本人〟と言えるほどに密接な関係がある、というわけではない場合は、(基本絶対に)〝テーマ曲として起用あるいは装ってはならない〟という点をおさえておくべきです。(知らずにやると後でややこしいことになると想像できる。)

――メロディが文化である以上 そして記号論領域と切り離せない以上、〝作曲者≠その(先端的)メロディ型の源流を生み出した人ないし流れ〟となることが大概で (深いオリジナルな~と言えるものは見る人が見れば限られてきます。多くの人が実は言っています。) 該当メロディ系(慣性系)の意図(レフェラン)と映像作品(レフェラン)があまりに食い違っているのに 奇妙にも上手に〝ひっつけ〟られているので 問題を指摘しにくい (発覚されにくい) という問題があるのですね(笑)


もちろん、テーマ曲(映像作品中にアレンジして流す用途を含む)を生み出す場合、とてつもない配慮がいる わけで、―――〝①…テーマ曲でなくても歌い手らしい楽曲であること (歌い手と深いかかわりのある人か本人にて〝しっかりとした意図を伴わせた〟 該当アーティストのメロディ系だと分かるような曲であること〟[その意味での新人はNGというか 裏に強力なコネクションが控えているのだろうと想像できてしまう])〟―――〝②…テーマ曲ならば 該当映像作品側がその曲にふさわしく描いていく覚悟ができること (ゆえに 原作がある場合は通常NG 改変御法度・長期放映連載中作品の場合のみ例外的にOKなケース有)〟――― という風なことが分かるでしょう。

上記より、私が好きなテーマ曲も、大体想像できる人にはできるはず。 (当然ですが理論は理論。別の稀有な例として 長いこと活躍している有名アーティストがテーマ曲の場合だってあるのです。 -この場合、長期シリーズ後期に起用されて吸収されていくことが多いはず。稀有な理由は これでうまくいくにはあらゆる陣営に深い意図がないといけないから。――― なぜかドラマでは慣用ですが、テレビ局が作っていて歌番組もあるということで 深さとは別に気軽にできるのでしょうね [その場合でも条件②中心に 条件①をも徹底すべき]―――また ポピュラー音楽ではないタイプの[納得できる意味で 成功した]テーマ曲もある等、 何度も言いますが 表面の理論だけにとらわれるのはやめましょうω)。


以上(そしてシリーズ以下)は〝特定の陣営やパーソンに何かしてほしい意図は基本的に無い〟ですが、最近 (メロディ作りに関しての論を展開している身としても) やたらと気持ち悪くなりました(違和感が湧いてきてどうにかしなければならないと感じました)ので、なんとかして(大人の事情で伝えられないのも寂しいと) 掲載にこぎつけるに至ったというわけであります(>0<)♪


次回より、シリーズに続きますが、本ページ掲載の方が後に書かれた論文ですので、独立して読むことが可能です☆彡


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posted by インテグラルとど at 22:07| 実用的生活実践 | 更新情報をチェックする