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映画で、コナンが、クルマとクルマの間を、抜けてましたね。
わたしは、もっと、こじんまりしたシチュエーションですが、かつて、路上駐車の横行する、片側2車線で、これに、近いことをして、酷く、怒られて、道路交通法とかに、詳しくなりました・・・。
(例えば、普通自転車。)
先のコナンで、登場人物が、心の蔵を、撃ち抜かれてましたね。
子どもが、こういったシーンを、見なければならない、時代になったのだろうか・・・と、思いましたよ。
ストーリーの流れに、意義を 唱えるわけでは ありませんが・・・。
てぃんくる⭐の、制作陣営さんたち と、こういったことを、危惧する視点も 含めて、話してみたいものですね。
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日常のことを、書こうと思います。
最近、多い、大衆規模の、ゾナハ級の、怪現象。
―― 困ると、咳払いをする。
(ワンピースで、奴隷が、困ると、掃除をするような、視点に、似ている気がします。―― コロナで、殺されるから。)
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気付いたことは、日照権に関することです。
たぶん だれも、ブログに、日当たりの権利、そして、平等権の、重要なことについて、真剣に 書きません。
分かっていないのでしょうか?
コロン (ここでは、香水含む いい匂いで 武装する 最近の社会現象を指します) では、カビ・ダニ・ハウスダスト などで 呼ばれるタイプの、アレルギーを、防げません。
困った咳払いは、アレルギーによるなら、自力で 制御できないでしょう。
しかし、1回しか、咳払いをしない場合、鼻すすりにも言えますが、わざとでしょう。
(アレルギーの場合は、2回以上、出ますからね。)
大きく咳をする場合は、のどや体を壊すので、機能上、矛盾します。
喘息もちなら、都市部で過ごす場合、わざとらしくは、ならないでしょう。
電車で、謎の、4秒鼻すすり、も、横行中 らしいです。
4秒に1回、鼻をすすっている症状です。
効率が悪い呼吸で、反応させて、波及させる、伝染性が ありますよね。
これらも、困ったら○○の、変種でしょう。
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リベラル憲法とは、何でも好きなことをやっていい権利、では、ありません。
たぶん、団塊の世代か、モラルを放置してきた人々は、リベラルとは、好き勝手に、大きな咳払いを わざとできる権利、のように、勘違いしているのでは? と、思います。
実際は、人の迷惑になることを、わざとやっている場合は、勇気によって、やめさせるように、説明責任を 果たさなければならない、義務、という、基本的人権の尊重、憲法の、きまりごとです。
この重荷が、イヤだから、該当の人々は、好き勝手に、困ったら○○を、脅迫症、アクティングアウトします。
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ケン・ウィルバー、統合心理学への道 は、かなり、バラエティに富んだ、力作で、後の、ウィルバー5 (インテグラル・スピリチュアリティ、ウィルバー・コムスの格子、ステートとストラクチャー) 手前の、進化の構造以降、4象限を加えた、ウィルバー4 モデル (万物の理論、新訳の、インテグラル理論も、このモデル) ですが、それを念頭にすれば、名著です。
この書籍の、10章、11章、を 読んでいて、いろいろ、思うところが あったので、このエリア から、少し、引用もして、私、内向直観型の、タイプ4、の視点から、言いたいことを、言ってみます。
(以下、引用 は、ページ部分記載の 太字形式、飛ばすときは――を 付ける仕様 にて、ケン・ウィルバー「統合心理学への道」 原著1997年 松永太郎訳 2004年 春秋社 から。)
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瞑想は――無意識を、埋め込みから解き放ち始める。-- 無意識(「影」)が浮上してくる。 あるいは 高次の創発的な無意識が 急降下してくる。
瞑想が 神への入り口なのか 悪魔への入り口なのか わからなくなるのである。
(10章 P350)
このあたりの議論は、ウィルバー本人が、インテグラル・サイコロジー、そして、進化の構造を 書くあたりで、もはや、世の中に普遍性という視点が、認められていないことに、衝撃とともに気付いた、近況を受けて、世間にわかりやすく、スピリチュアリティを、論理含めて、説いた、数多い箇所のひとつです。
つまり、段階は、瞑想、マインドフルネス、によって、加速するけど、段階、ステージは、飛ばすことができない、多数のラインは、並行に走っていて、どれも、いきなり、ティールに 行くことは 出来ない、ということですね。
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あなたは高いレベルの思考を行うことはできる。しかしながら、そのレベルを実際に生きるかどうかは別である。実際に生きることは、モラルにおいて勇気がいる。歩くことについて おしゃべりすることはできる。しかし実際に歩くことは別である。
(10章 P353)
認知のラインは、モラルのラインより、先行するので、天才的なIQを持った、モラルの低い犯罪者、という視点も 成り立ちます。
より、病んだなら、ヒトラーを 生むわけです。
私の理論では、子どもの健全性と、ポテンシャルを、予知を含む 視点で見れば、モラルのラインの 成長のヒントが得られる、と、言っています。
団塊の世代の多くは、この、モラルを 無視してきたらしいです。
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パラダイムの内部では、そのパラダイムを壊すようなデータは得られない。したがって、新しい証拠ないし説得によって、古いパラダイムの信者が 心を動かされることは、滅多にない。
(11章 P370-P371)
この書籍の、統合的な芸術と文学の理論、の章で、ゴッホの絵の解説などで、芸術は、4象限的に、文脈的に、解釈されるものだという展開があります。
アニメで言うと、ななついろ☆ドロップス のような、名作を、病んだ文脈で曲解しようとすれば、困ったら○○で、権力者に媚びて、卑猥な魔法少女モノを 作ることも、できてしまうのです。
腐敗した司祭たちが、望遠鏡を覗くのを拒否したのと、同じ未来。
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プラトンは『ティマイオス』において、究極のリアリティの、この世界における実際の顕現について語っている。すなわち彼にとって、この世界は眼に見える、感じとることのできる神である。
(11章 P372-P373)
スピリチュアリティを、ひとつの定義で、究極の関心のライン、とするなら、アニメの、ななついろ☆ドロップス は、女の子の視点で、この、究極について、発話していく、ということです。
そして、アリストテレスと違い、プラトンは、現代なら、恋なども含めて、究極の関心とは、この世界に 溢れていると、言ったわけですね。
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スピリチュアルな哲学者のほとんどは、論争的である。---「慈悲」と「愚か者の慈悲」の違いを 知っていたからである――。
人々は、無選択的な意識を、何も判断しないことと取り違えている。しかし、それ自体が判断という活動である。むしろ無選択的な意識というのは、判断ないし無判断が状況に応じて 適切に生起することを許す、ということである。
(11章 P394)
わたしは、劣等機能が 外向感覚型の タイプ8 で、怒りを貯める能力を含めて、出るので、聖者たちが、好戦的に、調子に乗っている権力者に対して、論争してきたと言うとき、確かに、私の場合、超越より、崩壊気味になることが、あります。
ファイン・モードが、タイプ2のため、やりすぎないようにしていて、それで、まったく、モラルの低い連中に、脅威を与えないので、私は、相手に、殺されるかもしれないくらいの、覇気だけは、向ける、という線を引きなおすように、注意して、論争、説明責任を、果たしています。
例えば、クルマに 殺されかけた時とか、ですね。
でも、コロナ禍を 経験して、最近、この、ディストーション フューチャー (主に 外向直観型のエネルギー) が、しんどくなってます。
キリストも、殺されたわけだし、権力を持つ者は、徒党を組むので、真の慈悲というのは、筋を通しにくいものですね。
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一味(ワン・テイスト)とは、激しい判断の基盤であって、判断の放棄ではない。
自分たちがおかれている状況のひどさを 何もかもはっきりと見ている人は、数多く存在する。彼らは、プライベートな状況では そのことについて話をする。―― 退行的な雲が 全分野を覆いつつあることを 彼らは心底心配している。しかし、ほとんどの人は 立ち上がって声を上げることをしない。何故なら、カウンターカルチャーの秘密警察が 制裁や断罪を下すべく、いつも待ち受けているからである。私の意見では、行政的なごたごたは もう少し減らし、適切な議論に支えられた分別智を もう少し増やすことが――必要だと思う。私自身は、深さがこのままなくなっていくのを 黙って見過ごしていようとは思わない。私たちの公的な発言は、私的発言とマッチさせるべきであり、それが正直なプロセスである。そうすれば、私たちは、スピリチュアルな意識は 激しい判断を除外するものではないこと、むしろそれを包含するものであることを知るだろう。
(11章 P396)
どうすれば、ごたごたを避けて、正直に、なれるのでしょうか?
わたしは、不要に、人と、つるまないこと、だと、思っています。
一例ですけど、外向直観型の タイプ1のスキルは、徒党を組んで、人を、侵略できます。 (病んでいる場合。)
内向感覚型の タイプ7は、この風潮に、無責任という、お墨付きのラベルを張るのが、得意です。 (モラルが低い大人の場合。)
ケン・ウィルバーの、上記の引用箇所は、非常に重要な意見を 述べています。
私の、このコーナー、本日の記事では、これに 説得力を 付けたいですけど、少し先を急ぐので、ユングの定義について、おさらいしてから、結論へと、向かいますよー。
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ユング――が「元型(アーキタイプ)」という言葉を、三つの異なる意味で使用しており、それぞれに ある種の難点がつきまとう――。
「古代からのイメージ」―― 原型(プロトタイプ)と 呼ばれるべきである。
「内容のない形式」―― 各レベルの深層構造を指す――古代のイメージとは何の関係もないことになる。
「深淵(アビス)」あるいは「無相(無形)」―― 私たちの可能性の最高の形態であり、私たちの潜在的な力の 最も深層にある形態である。
(11章 P376-P378)
ユングに関して、優れた応用をする人もいる と、ケン・ウィルバーは 言いますけど、私の、最近の、タイプ論の仕様も、これですよね。
わたしは、ロマン主義者ではなく、インテグラルですけど、直観という、内面や、エネルギーに関して、実用的に翻訳できる点で、ユングがスタートともいえる、この種の、合理的な タイプ論は、ポリティカリー・コレクトで、武装しやすくもあり、話しやすいですよね。
上記を、少し、私の立場で、解説しますと、3rd・パーソナリティとして、位置付けた、未生のタイプが、時間のない と解釈できるところにあって、3つ目の定義に近いです。
状態―段階なら、コーザル、ウィットネス、のあたりで、気付くことのできる、自分や、空の領域です。
1つ目の定義とは、私は、縁がなく、2つ目の定義の、メタ要素で、1つ目の定義を含む形で、アニメとして進化したような キャラデザインや、絵、世界観などに、興味がある、と、言っておきます。 空なる、メタ・うさちゃん🐇とかですね。
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最近、政治の話が出るだけで、周りと トラブルになる、と、言う人が多いので、この、コーナーを 書いた気がします。
つまり、リベラル国家とは、説明責任の義務、というルールなので、それをクリアできれば、道徳的になって、好き勝手ができる、ということです。
政治の話も、まともにできないのでは、国民主権のリベラル憲法を、まともにサポートできるわけがなく、トランプの横行が、いい例です。
(そして、空気的な嫌がらせ各種においても、こうして議論して、ネットで情報リソースを溢れさせておくことが必要で、こうして、対応、アップデートが できます。 受渡には、モラルと判断の発達が 必要です。)
ここで、内向直観、次いで、その行動側面でもある、外向直観、が、重要になってくるわけですね。
2つとも、すべての人々に、内在するエナジーです。
(ダークパワーに 侵されていなければ。)
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咳払いの、困ったら〇〇 という 病んだ社会現象は、すぐに、政治の話ができない という、モラルと説明責任の倒壊、丸投げ に メルトダウンし、世界の 大混乱は、目に見えています。
春になると、薄着にできるので、少量のコロンで、匂いの武装ができますから、人によっては、付けすぎもあり、まわりは、それにつられ、香料アレルギーもあり、社会は、さらに強い薬を欲し、困ったら○○は、さらに加速して横行しつつ、まず、インテグラル理論が、無視されるわけです。
当然、ニュースキャスターが、わざと咳払いをすれば、伝わりますから、このような 空気判断する風潮において、まず、無料のジャズライブ的 イベントから、しらけて、減ります。
そして、無駄に、スピーカーから、不要な音が、はぐらかしで、鳴るようになるわけですよ。
五感から、ジャックされて、情報処理ができない、世の中になりました。
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この生きにくい現代において、わたしは、私と同じように感じている、わずかな人々に対して、幸運あれ、と叫びます。
そして、このフェーズを、生き抜くコツは、内向直観に対して 感受性を鋭くしておくこと!! 外向直観を使って 無選択の意識を含めて 勇気と説明責任によって、即座の行動の流れで、本来 自分が 選びえない道でも、先にすすんで、やっていく!!
大胆不敵さが、居ると思います。
自分に合った、助けなら、周りに、何を言われようが、素直に、受け入れていくべきです。
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2026年04月11日
私の 2026春🌸「統合心理学への道」 愛用✧哲学日記💕
posted by インテグラルとど at 10:12| 実用的生活実践
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