2017年09月20日

自然な〝自由〟と フィット感 ~フロム「聴くということ」と 私 ⑯~

フロムは、〝自由〟について ある種独特な論(感性・意見)を展開します。(P147)


自由は〝所有できず〟〝パーソナリティ(自我・主体)の性質〟であり・・・

要は〝深度・レベル(AQAL)=エイジェンシーとコミュニオンの統合度≒所与の外側[の世界]に抵抗できる(人間ホロンの自律性の)度合いの変化と成長〟

という辺りの視点です。


周りの環境、家庭や学校、地域や社会が、あれはダメ これをしなさいとか、そういった主張をして

本人がそれらを受け入れて (適切に成長するためであればいいけれど、そうでないような排他構造の場合に)

自由を売り渡すように 自然で適切な本人らしさが減ってしまうと

今後の成長が阻害される (いいなりの人間となる) ――


私的には〝健全性・バランス≒ポテンシャル〟の (広義の合理的・理性的サポート・営みの)〝分離・乖離 (破たん)〟と言えばいいのかなと思います。


ある器質の人は特に、より本人に合った教育の方法、適した営み、本人への総合的な正しい理解、などデリケートな要素が満載でしょう。

これを単純な〝行動・機能適合主義(が主流な社会など)〟に当てはめてしまうと、フロムも言う〝自由(健全さ)の売り渡し〟になるのです。


例えば、一つの国民や、地球人類の、〝共通の脳の器質的構造部分を 仮に器質的障害と見なせば〟

〝全員が 正しく 適した営みとなっているか?〟を問えます。 (人間は人間に[根源的に]合った営みをしているか? ということ)


大多数の(所与の)人々が中心というだけで、彼らに〝合わせた営み〟であるかも疑わしく

フロムは〝大多数の人に合わせた 消費主義が現代人に合っていないところにまで来ている〟と、〝人間の脳・身体・ココロに正しくフィットしていない〟と述べているわけなのです。


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posted by インテグラルとど at 08:27| 実用的生活実践 | 更新情報をチェックする