私が怖がって外国に行けない理由の一つに、微妙に複雑なルールがあるからです。
特に道路とか。
確かに、日本人でも、きっちりと歩道からはみ出さずに歩いていることまで心がけている人はほぼいないと思います。(人が多ければはみ出るため)
突き詰めていけば、交通ルールって結構ややこしいですね。
(標識の〝自転車〟が〝普通自転車の略〟で、〝自転車の略は無い〟とか、マイナーなところまで行っちゃうかもしれない)
たぶん外国人でも、たとえ歩行者でも、日本の法律が適用されるはずですから
私たち日本人が、外国との関係を損ねるくらいにまでルールに厳重になる、ところに行くほどにならずに
適度に、外国人が過ごしやすいようなシンプルなルールというか配慮を道路に浸透させるべきだ、と思いますね。
(これ以上は複雑になるがゆえに終わりますが、また大々的に自転車の交通ルールの哲学的熟考などしたいと考えています。)
2018年08月04日
外国人と交通方法 ~ややこしくないの?~
posted by インテグラルとど at 09:00| 実用的生活実践
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2018年08月08日
会社に合っていない人と適用されない損害賠償 ~疎外という損失~
もはや〝文化的に埋め込まれた優遇・闇〟は、当たり前過ぎて、今更議論するまでもないのですが
保険という社会制度的なシステム(商品)を、ちょっとだけおもしろい角度から脱構築すると
・暴力に見える 環境は賠償されない
というところです。
会社に疎まれている人は、器質的な理由か・間違った仕事場に引き留められているという理由か・経済的に苦しい職場による勝手な理由か
何らかの理由で〝不自然な社会システム的・文化偏見的圧力にて阻害〟されていて
ブラック企業のように〝わざと使い捨て時がてら、何かを壊させてさようなら〟というほど(想像)ではないにしても
明らかに不利になるようなものが働いていますよね。
ルフィ好きの私が言いますが
〝暴力をふるったら賠償ないしもう終わり〟という潔癖すぎる世の中にしては
こういった環境的な暴力は、何の不都合もなく、空気のように続いているわけです。
そして、これに対する保険は、文化の象限から社会の象限へのアプローチなので、商品ではなく
自分の意識を周りに伝える活動、がメインの保険となります。
保険という社会制度的なシステム(商品)を、ちょっとだけおもしろい角度から脱構築すると
・暴力に見える 環境は賠償されない
というところです。
会社に疎まれている人は、器質的な理由か・間違った仕事場に引き留められているという理由か・経済的に苦しい職場による勝手な理由か
何らかの理由で〝不自然な社会システム的・文化偏見的圧力にて阻害〟されていて
ブラック企業のように〝わざと使い捨て時がてら、何かを壊させてさようなら〟というほど(想像)ではないにしても
明らかに不利になるようなものが働いていますよね。
ルフィ好きの私が言いますが
〝暴力をふるったら賠償ないしもう終わり〟という潔癖すぎる世の中にしては
こういった環境的な暴力は、何の不都合もなく、空気のように続いているわけです。
そして、これに対する保険は、文化の象限から社会の象限へのアプローチなので、商品ではなく
自分の意識を周りに伝える活動、がメインの保険となります。
ラベル:AQAL
2018年08月10日
〝善は悪の反対物ではない〟を 地下ピラミッド?で説明!
10人のいじめっ子(ブラック企業の風習でもいい)がいれば、1人のより不幸ないじめられっ子がいるという風な、表面的に相対主義(誰もが犠牲者主義)の〝ピラミッドっぽい水平的なマトリックス(類型)〟がありますね。(建設的にも使えますが。)
道路交通事情なら、小さなヒヤリハット・大きなそれ、という風な感じであり、たとえば 下記サイトに見られます。
自動運転の盲点 「レベル」の進化と安全性は別もの
ワンピースならば、インペルダウンでしょうか。
ある意味で、より凶悪な犯罪者(別の話で 不幸な犠牲者)の4象限は 少し悪い人(別の話で ちょっと損した人)の4象限を含んでいるように見えます。
ただし、そのように論じることもできる、という程度で、タイプの上にタイプを重ねて、深度(ホラーキーの健全な深層構造的レベル)を曖昧にするゲームに使われている感も否めませんω
こういった、地下的なピラミッドをインテグラルに読み替える方法を提示していませんでしたので、記述しておきます。
基本は、4象限同時生起ですので、ある象限をある象限に還元してはいけません。神経生理学的な注意(Q/3)をヒヤリとしたシチュエーション(Q/4)と同時に重ねたりすると、ホラーキーにならないことは、ケン・ウィルバーが進化の構造で述べている通りです。
余談ですが、自動運転の進化(基本は水平的なタイプ)は、Q/4の象限であり、全象限・全レベル(AQAL)でとらえることで、ホラーキーに組み込むことが可能です。
[Q/4の社会の象限は 先行するホロン(技術やシステムなど)を保存する基本構造がメイン、Q/2のモラルの象限は先行するホロンの排他性を否定して包含する移行構造 (例;自転車走行のレベル) がメイン。]
地下的ピラミッドは、〝モラル(Q/2)〟の象限に照らし合わせると、インテグラルなバージョンが容易に理解できます。
ある程度の闇(ホロンのガン)を指摘して世界をよりよくする能力(モラル1)より、さらに深い闇(より複雑で根深いホロンのガン)を指摘して世界をさらにより良くする能力(モラル2)の方が、共感できる人も含めて稀有であり 前者(モラル1)を(モラル2は)含んでいるので、ホラーキーです。 (モラル1⊂モラル2。数字は適切な段階の相対的順序)
この捉え方は、ハッピー、よりハッピー、さらによりハッピー、(前慣習的、慣習的、脱慣習的、脱脱慣習的、の方向) というホラーキーの基本的なものです。
クリシュナムルティが言った〝善は悪の反対物ではない〟とは、こういうことなんですね♡
道路交通事情なら、小さなヒヤリハット・大きなそれ、という風な感じであり、たとえば 下記サイトに見られます。
自動運転の盲点 「レベル」の進化と安全性は別もの
ワンピースならば、インペルダウンでしょうか。
ある意味で、より凶悪な犯罪者(別の話で 不幸な犠牲者)の4象限は 少し悪い人(別の話で ちょっと損した人)の4象限を含んでいるように見えます。
ただし、そのように論じることもできる、という程度で、タイプの上にタイプを重ねて、深度(ホラーキーの健全な深層構造的レベル)を曖昧にするゲームに使われている感も否めませんω
こういった、地下的なピラミッドをインテグラルに読み替える方法を提示していませんでしたので、記述しておきます。
基本は、4象限同時生起ですので、ある象限をある象限に還元してはいけません。神経生理学的な注意(Q/3)をヒヤリとしたシチュエーション(Q/4)と同時に重ねたりすると、ホラーキーにならないことは、ケン・ウィルバーが進化の構造で述べている通りです。
余談ですが、自動運転の進化(基本は水平的なタイプ)は、Q/4の象限であり、全象限・全レベル(AQAL)でとらえることで、ホラーキーに組み込むことが可能です。
[Q/4の社会の象限は 先行するホロン(技術やシステムなど)を保存する基本構造がメイン、Q/2のモラルの象限は先行するホロンの排他性を否定して包含する移行構造 (例;自転車走行のレベル) がメイン。]
地下的ピラミッドは、〝モラル(Q/2)〟の象限に照らし合わせると、インテグラルなバージョンが容易に理解できます。
ある程度の闇(ホロンのガン)を指摘して世界をよりよくする能力(モラル1)より、さらに深い闇(より複雑で根深いホロンのガン)を指摘して世界をさらにより良くする能力(モラル2)の方が、共感できる人も含めて稀有であり 前者(モラル1)を(モラル2は)含んでいるので、ホラーキーです。 (モラル1⊂モラル2。数字は適切な段階の相対的順序)
この捉え方は、ハッピー、よりハッピー、さらによりハッピー、(前慣習的、慣習的、脱慣習的、脱脱慣習的、の方向) というホラーキーの基本的なものです。
クリシュナムルティが言った〝善は悪の反対物ではない〟とは、こういうことなんですね♡
ラベル:AQAL
2018年08月11日
自動運転が実現すると? ~自転車と片側二車線で道路構想~
あまり議論されることのない〝片側2車線〟の道路と自転車走行。
もし、自動運転が フェイズ5(ドライバーに責任が発生しない全自動バージョン)に達し、4輪の自動車に100%普及した場合、自転車専用通行帯を設けずに、片側2車線の道でも、自転車が安全に走行できるようになるかもしれません。
そのためには、システムにより路上駐車を完全に無くすことが必須の条件です。
代わりに、自動車の停車帯を安全な場所に固めて設置するなどの工夫がいるかと思います。
郊外から比較的導入しやすいと思います。
片側多車線(3車線以上)の場合は、路上駐車無しで自転車専用通行帯を(大開通りの通常車線幅で)設置すればよいです。
私はあくまで自転車乗りであり、自動車は運転しません。貴重な角度とはいえ、空想も含めた私見です。
(自転車での幹線道路の走行経験をもとに記述しています。)
高速道路の最高速度の規格が、段階的に 時速120キロにまで引き上げられるようです。
トラックなどは時速80kmのままですので、追い越し車線等の速度差は 多くのドライバーが普通に経験済みのはずですね。
そんな変化の中、高速道路とは違った快適な高速化を、上記を補う形で一般道に。 (思い違い等あったらすみません。フェイズ5の自動運転が四輪自動車に100%普及していることが前提です。)
(このコーナーにて記載されている 原付 は、いわゆる 法定速度30km/h のバイクを指します。)
[大まかに説明しますと、信号の少ない片側2車線道路の 信号のある交差点前後に片側1車線ずつ 専用レーンを設けるだけで 基本形が実現します。]
・片側2車線の基本車線(左車線)の制限速度は時速40km。右車線の制限速度は時速60km。
・時速40kmで走ると、先頭より多くの自動車が信号に引っかからなくなるようなタイミングにする。
・原付も流れを重視するなら片側2車線以上の道路において、制限速度(法定速度)を時速40kmにする。
・自転車と左折車両兼用のレーンを信号前に設ける。信号待ちの場合は、自転車信号兼用の左折レーンの信号を側道用のように先に青信号にする(直進が青信号の時 自転車兼用左折レーンの信号も青)。直進自転車の進行方向に 自転車専用の停車帯を兼ねた自転車専用通行帯を 短くて良いので設ける。(後続車が来ないタイミングで車線変更する。)
・原付とオートバイにも4輪自動車の車列に入って走行できる 自動運転(補助)システムを搭載する。(ナビでもいい。)
・自転車に歩道を通る選択肢も付与する。(歩道は広くする。車道を推奨する。)
たぶん、自動運転があれば、狭い日本の車道に自転車専用道路を作らなくても、かなり安全に自転車が通行できると思います。
片側1車線の場合でも、原付とオートバイと4輪自動車の制限速度と信号のタイミングを合わせて、自転車専用の通行帯兼停車帯(自動車は停車できません)を設ける区間を持てれば、自転車は そこで減速ないし停車し、後続の自動車等を先に行かせることができます。片側2車線の例と同様に、交差点に余裕を持って左折レーン兼自転車レーン&交差点の先に自転車専用停車帯(短い自転車専用通行帯)を設けると、スムーズです。(見通しの良い道の場合、対向車が居なければ停車帯を待たずに自転車を安全に追い越せると思います。)
片側2車線の例の場合は、右車線は、自動車が自転車を追い越すときと 自動車が右折する時の経由でしか使いません。自動車は必ず並走していない状態となります。 (自転車が車道を堂々と走っても、自動車の到達時間が遅くなることは基本的にありません。)
自転車同士の追い越しは、見通しを確保するために左車線を使っているので、基本的に行いません。自転車同士の追い越し区間を設ける場合は、左車線の端に自転車の緩い停車帯を設けて 速度の遅い自転車に徐行停車してもらうか、左車線の左端より1mくらいに青色の破線(?)を引いて 歩道側(の歩行者等に迷惑が掛からない)エリアを速度の遅い自転車に さらに速度を落として走行してもらうことで 速度の速いロードバイク等を先に行かせることができます。(後者の方法は、現在の狭い方の自転車専用通行帯の幅が追い越される自転車の減速空間と同じくらいでしょう。)
自転車同士の追い越し区間は信号の後のエリア、ないし次の前方の信号から離れたエリア に設けるとし、左車線を少し拡張する方法が推奨されます。)
交差点をパスした後の自転車専用通行帯の自転車停車帯内で、待機しての自転車同士の譲り合いのやり取り、左車線走行中の自転車同士の同様のやり取りの積極的な発展が、こういった道路の存在意義に活気を与え、とてもすてきな走行空間となるのです。
交差点手前より斜め左に伸びる 左折レーン兼自転車専用通行帯は 自転車が車線変更しやすいように かなり緩やかな角度にて長く設置します。
念のため、左折する4輪自動車は 自動運転システムにて、自転車を感知しながらの安全な 左端への幅寄せ をする方が良いでしょう。
(直進の基本車線である)左車線に(交通量の多い時間帯の信号待ち等にて)停車する自動車に自転車が追いついた場合は、後ろで待機します。歩道に行っても構いません。 (右車線にしか自動車がいないが埋まっている場合は、右折車両扱いで 自転車は左車線を直進しても良いと思います。)
渋滞については分かりませんが、車道の左車線が自動車で埋まっている場合は、自転車は歩道を走る方が良いでしょう。 渋滞しないように 道路(経路)を複数整備(開通)しておく方が良いのかもしれません。
一見 スペースの使い方が不十分な気がしますが、横の車間距離の重要性がとても知られた現代において、今までと同じ走行方法を保存しながら、様々な車両と人の安全性を確保する明快な手段は、このように 横のキャパシティを目いっぱい使わないことです。
信号待ち(予定)の台数の自動車が一定数を越えたら、自転車の有無にかかわらず、自動車は右車線を走るようにシステムが選択します。このとき、原付とバイク(オートバイ各種)にも伝わるネットワークが必要です。
(上記の場合でも、自動車は基本的に並列しませんが、交通渋滞が起こったときは、左車線[状況に応じて一定数]と右車線[限界数まで可能]に自動車は信号待ちし 左車線の自動車のみが青信号で先に発車、という方法が取れます。バイク各種は ルールと補助システムにて判断対応します。)
スポーツ自転車がビンディングペダルを装着し 停車時に立ちごけしても、他の車両にあたることは 基本的にありません。
自動運転により、後続の4輪自動車が 立ちごけする二輪各種に後方からあたることもありません。自動二輪同士とバイクの前方ならば 車間距離をたっぷりと取れる補助システムが必要ですね。
一般道の渋滞は、技術革新で得た益より できる限り無料に近い高速道路(高規格道路)にて 緩和できると思います。(原付が一般道を自動車として さらに快適に走れるようになると思います。)
ポイントは、自動運転により、鉄道がそこら中に走っているような利便性となり、自動車自体が(正常に)減ることです。
これまでの道路のスペースが そのまま有効活用できます。
また、自転車を歩道に追いやる必要もありません。
さらに、別方面にサイクリングロードを整備する余地があります。
信号の老朽化問題は 自動運転の実現と組み合わせることで、信号のある交差点を減らし 時にラウンドアバウトにし、重要な交差点に自動車の待ち時間・自転車の走行を考慮した新しい信号とレーンを設けます。
(ラウンドアバウトも自転車が外側の車線にて優先され、自動車の速度は自転車位の徐行になり、歩行者や自転車がいる場合は 近づくにつれ停車します。場所の形状に余裕がある場合は さらに外側に自転車専用通行帯のラウンドアバウトを設けても良いかもしれません。)
信号のある交差点は、左折兼自転車レーン、自動車直進レーン1、自動車直進レーン2、自動車右折レーン、そして対向にも3車線、計7車線+両側に広い歩道を設けられる箇所に信号を作るということです。
右左折は、原付は右折レーンから右折した方が安全でしょう。自転車はこれまで通りに 左折レーンを通り 二段階右折します。 場合により 直線と左折のみ青信号の後 右折の→を長く表示して 右折レーンを長くする方法も考えられます。右折レーンを長くする代わりに左折レーン兼自転車専用通行帯を長く設置する場合は、左折自動車等の追い越しを自転車側が意識する ようにし、時に 左折(予定)の自動車は自転車の後ろを走行(徐行)します。 車間距離の保持により原付やオートバイなどの自動二輪のドライバーは見通しに余裕ができていますが、第二車線(追い越し車線)から左折車線へ(基本車線を経由して)車線変更する必要がある場合は 自転車が左車線後方(横・前方)に存在するということなので、ある程度速度を落とすこと(安全確認すること)が求められます。システムの精度と慣れだと思いますが、左折兼自転車レーンの出現後に基本車線(左の直進車線)に左折のウインカーを出しながら進路変更しつつ徐行して、そのまま左折する特例も認めるべきでしょう。 自動車各種は、渋滞のある特殊な状況以外では、(右左折レーン・右左折予定の自動車を除いて)並列していることはありません。
これまでは 車列に並び難かった自転車も、4輪自動車の自動運転により 左の通行帯の真ん中にて自動車の車列に安全に待機することができ、原付・バイクも 車列に並ぶことで安全です。
もちろん、自転車・原付・オートバイ各種、すり抜け禁止です。(横の車間距離と走行順序が曖昧になるため、同一車線内での追い抜き追い越しは基本的にNGです。)
自動車が自動運転になったなら、サイクリストも二輪のライダーも 安全のために 喜んで合意するはずです。 皆四輪自動車(交通戦争)の弱者たちでした!
バイク各種のライダーたち(最高速度で走行するロードバイク等も―)は、4輪自動車とたっぷり車間距離を取って、4輪自動車の流れを走行目安に走ります。
交差点前にて、歩道から車道へ乗り入れる自転車は なるべく制限した方が良いでしょう。 車道から歩道に上がるのはOKです。交差点後の自転車専用通行帯 兼 自転車専用停車帯の空間への歩道からの乗り入れを推奨します。
原付が右車線を走って自転車を追い越すときは、右車線は時速40kmで流れていますので、ロードバイクと並走することが考えられます。(他に遅い自転車が左車線にいる可能性を考えると、右車線の方が流れは速くなります。)
自動車が左車線も走ることによって、飛び石問題が緩和されます。自転車専用通行帯には飛ぶタイプの自動車にくっついていた石が多いです。(ただし、道路管理者が左端を中心に定期的に清掃する必要があります。自動車が一列走行なので、清掃しやすいと思います!)
自転車はロードバイクでも、基本的に左車線しか走りません。 (右車線を、原付・自動車専用レーンにするとよいです。信号の手前では 自転車は左に車線変更が必要です。)
次の信号ないし交差点で左折する予定の自動車は、前方の自転車(歩道から車道に出てくる自転車含む)の数などを自動運転システム(バイクの場合は補助システムや現地情報のネットワーク)で計り、左折することが難しい場合は、信号待ち等を前提で 前方自転車の速度で左車線を走ることもできます。(前方の端に自転車が停車している場合は、安全ならば徐行でパスすることも考えられます。)
バイク各種がバイクを降りて歩道に上がりたいとき、自動車が緊急停車する時などは、左車線を徐行して停車します。
救急車などの緊急車両が左車線か右車線を通れるというメリットがあります。左車線を通る場合は、自転車の停車帯として、車道外側線エリアに相当する空間を確保した方が良いかもしれません。
左車線のみを時速30km以下で走りたい原付のために、待避・減速していない自転車を追い抜かさない実技試験をパスする必要があるようにする(そのための自動運転互換的なシステムも開発する)ことも考慮します。ややこしい場合、自動車と自転車の混在が危険となる場合は そういった措置はとらずに、自転車(特に電動自転車)利用を推奨します。
原付は、片側1車線の道においても、法定速度が時速40kmを実現し 自転車の車道走行を明快にする役割となる場合 (時速40kmにて交通の流れに乗る役割を勧められる場合) においても、時速30kmで走行してもよく、性能とスキルに応じた速度とルートを選べばよく、自転車も同様です。
高校生(該当の年齢に達する若者)が原付に乗る場合、より 真剣な勉強・実技内容にすることが求められます。(徐行が必要な場所などですね。)
指定の道路以外では、依然として原付は法定速度 時速30kmでよいかもしれません。(ただし ややこしいです。)
(どこの道路が時速40kmで走行可能なのかは、きっちりと情報を得ることができるシステムが求められます。)
日本は、都市部も郊外も含め 細かい構造の狭めの道路が多いので、自動車との構造分離よりは 都市部で自転車の走りやすい道路(自転車専用道路に近い道路)を整備し、全般的(全国的)に自動車と同じ走行空間を共有して走るのに向いています。阿吽の呼吸と言われますが、近年の自転車ナビラインなどがその表れ(第一歩)だと言えます。
[繰り返しになりますが、これまでの内容は、筆者の自転車走行経験から 自動運転が実現したら、という空想的なシミュレーションです。 原付の法定速度は時速30kmです。]
現在の自転車と自動車 ~現状における本心~ ☆こころに余裕のある方向けです☆
現時点で、片側2車線の道を自転車で走れる方法は限られてきます。
左車線の先頭の自動車は、前方に自転車がいるか、走っている可能性が高いと予測できる場合は、交差点より二車線並走時点で、時速60km制限であっても、時速40kmまでしか加速しない方法を取る、という着眼点。
そうすることで、自転車に猛スピードで追いつくことが無くなり、右車線の自動車は無理なく1台ずつ流れていきます。
これを達成し難くするのが、後ろから煽る自動車です。
自動運転がフェイズ5(で普及率100%)に達していない時点でこの方法を強制はできませんが、安全運転義務として、自転車をぎりぎりで抜かす選択肢しか残さないで猛追するのは 明確に違反だと思います。
きっと あたったら…。
並走しての接近は、最初の時点で路肩側に減速を強いられ、路面状況の上に 後ろの確認し難い状況などから 非常に危険ですので、さらに並走して接近されると、今度はさらに減速・・・
即ち、並走状態の片側2車線道路の先には、左端に停車した自転車が高確率でいるはずなのです。(それがカーブの後だったら、さらに危険ですよね。)
私が思う疑問は、自動車のドライバーは、どのくらい この 当たり前の成り行きを分かっているのか?
分かってて並走状態にして 減速も ろくに しないのか、あるいは意外にも分っていないのか…。
基礎として、最低、横断歩道の停止線で百発百中、歩行者等のニーズにこたえられるように、停止線で無理なく止まり 横断歩道をふさがないようにできなければなりません。
自転車の方が歩行者を発見して停止線での停止が行いやすいというのなら、自動車はその上位互換でも何でもありません。今や証明されつつありますね。
歩行者等に脅威を与えるので、わき道などからの止まれの標識の停止線も同様です。該当区間で自転車が止まろうとすると自動車が後ろから突っ込んできたことは数え切れません(呆)
これらができないと、到底、片側2車線や多車線の道で、自転車に配慮できる わけがないのです。
ゆえに、責任の重さを感じている自動車ドライバーが少なすぎると、横断歩道等を渡るたびに 強く思います。
自動運転はフェイズ5の普及率100%まで 自転車インフラ(つまり自転車に天敵の 原付のすり抜けも完全解消)を考えて しっかり実現してほしいです。 それまで無事でいられるかなって思います(-_-)(-_-)
その後も、自動車の責任が清算されるわけではありませんが、どうにもならなかったことが どうにか なったとき、もしかしたら強い罪の意識が芽生えるのかもしれません。私はそれを期待します。
自動車の交通ルールは、人身事故の刑事責任など 強い怯えからドライバーに浸透しています。 よって、取り締まられない行為は 固まったままスルーします。
私がすり抜けをしていた頃と全く同じ理由と文化ですが、モラルの判断基準がどんどん狂ってマヒしてきます。
自転車は、好きで交通ルールを覚えながら走ることができ、後続車を後ろに付けない工夫もできます。 ただし、交通強者からは…。
大きな恐怖に縛られない自ら運転する乗り物として、自転車以上のものは無いと思います。
その自転車に乗っている人のほとんどが、交通ルールを熟知しておらず、怯えから歩道メインで走ります。
乗り物は素晴らしく、自由で、安全運転をしようと思えばいくらでもできる!
そんな希望を感じれる正直さが本来あるのです。
この交通社会で、なぜか あらゆる人がそれを忘れています。(共有することを忘れています。)
今気づく時なのです。
そこに、未来の技術は手を差し伸べて、一緒についてきてくれるのですから。
☆ 次の記事 ☆
〝自動車と自転車のセーフティ・ネットワーク ~自動運転・交流~ [今変わる!道路交通]〟
もし、自動運転が フェイズ5(ドライバーに責任が発生しない全自動バージョン)に達し、4輪の自動車に100%普及した場合、自転車専用通行帯を設けずに、片側2車線の道でも、自転車が安全に走行できるようになるかもしれません。
そのためには、システムにより路上駐車を完全に無くすことが必須の条件です。
代わりに、自動車の停車帯を安全な場所に固めて設置するなどの工夫がいるかと思います。
郊外から比較的導入しやすいと思います。
片側多車線(3車線以上)の場合は、路上駐車無しで自転車専用通行帯を(大開通りの通常車線幅で)設置すればよいです。
私はあくまで自転車乗りであり、自動車は運転しません。貴重な角度とはいえ、空想も含めた私見です。
(自転車での幹線道路の走行経験をもとに記述しています。)
高速道路の最高速度の規格が、段階的に 時速120キロにまで引き上げられるようです。
トラックなどは時速80kmのままですので、追い越し車線等の速度差は 多くのドライバーが普通に経験済みのはずですね。
そんな変化の中、高速道路とは違った快適な高速化を、上記を補う形で一般道に。 (思い違い等あったらすみません。フェイズ5の自動運転が四輪自動車に100%普及していることが前提です。)
(このコーナーにて記載されている 原付 は、いわゆる 法定速度30km/h のバイクを指します。)
[大まかに説明しますと、信号の少ない片側2車線道路の 信号のある交差点前後に片側1車線ずつ 専用レーンを設けるだけで 基本形が実現します。]
・片側2車線の基本車線(左車線)の制限速度は時速40km。右車線の制限速度は時速60km。
・時速40kmで走ると、先頭より多くの自動車が信号に引っかからなくなるようなタイミングにする。
・原付も流れを重視するなら片側2車線以上の道路において、制限速度(法定速度)を時速40kmにする。
・自転車と左折車両兼用のレーンを信号前に設ける。信号待ちの場合は、自転車信号兼用の左折レーンの信号を側道用のように先に青信号にする(直進が青信号の時 自転車兼用左折レーンの信号も青)。直進自転車の進行方向に 自転車専用の停車帯を兼ねた自転車専用通行帯を 短くて良いので設ける。(後続車が来ないタイミングで車線変更する。)
・原付とオートバイにも4輪自動車の車列に入って走行できる 自動運転(補助)システムを搭載する。(ナビでもいい。)
・自転車に歩道を通る選択肢も付与する。(歩道は広くする。車道を推奨する。)
たぶん、自動運転があれば、狭い日本の車道に自転車専用道路を作らなくても、かなり安全に自転車が通行できると思います。
片側1車線の場合でも、原付とオートバイと4輪自動車の制限速度と信号のタイミングを合わせて、自転車専用の通行帯兼停車帯(自動車は停車できません)を設ける区間を持てれば、自転車は そこで減速ないし停車し、後続の自動車等を先に行かせることができます。片側2車線の例と同様に、交差点に余裕を持って左折レーン兼自転車レーン&交差点の先に自転車専用停車帯(短い自転車専用通行帯)を設けると、スムーズです。(見通しの良い道の場合、対向車が居なければ停車帯を待たずに自転車を安全に追い越せると思います。)
片側2車線の例の場合は、右車線は、自動車が自転車を追い越すときと 自動車が右折する時の経由でしか使いません。自動車は必ず並走していない状態となります。 (自転車が車道を堂々と走っても、自動車の到達時間が遅くなることは基本的にありません。)
自転車同士の追い越しは、見通しを確保するために左車線を使っているので、基本的に行いません。自転車同士の追い越し区間を設ける場合は、左車線の端に自転車の緩い停車帯を設けて 速度の遅い自転車に徐行停車してもらうか、左車線の左端より1mくらいに青色の破線(?)を引いて 歩道側(の歩行者等に迷惑が掛からない)エリアを速度の遅い自転車に さらに速度を落として走行してもらうことで 速度の速いロードバイク等を先に行かせることができます。(後者の方法は、現在の狭い方の自転車専用通行帯の幅が追い越される自転車の減速空間と同じくらいでしょう。)
自転車同士の追い越し区間は信号の後のエリア、ないし次の前方の信号から離れたエリア に設けるとし、左車線を少し拡張する方法が推奨されます。)
交差点をパスした後の自転車専用通行帯の自転車停車帯内で、待機しての自転車同士の譲り合いのやり取り、左車線走行中の自転車同士の同様のやり取りの積極的な発展が、こういった道路の存在意義に活気を与え、とてもすてきな走行空間となるのです。
交差点手前より斜め左に伸びる 左折レーン兼自転車専用通行帯は 自転車が車線変更しやすいように かなり緩やかな角度にて長く設置します。
念のため、左折する4輪自動車は 自動運転システムにて、自転車を感知しながらの安全な 左端への幅寄せ をする方が良いでしょう。
(直進の基本車線である)左車線に(交通量の多い時間帯の信号待ち等にて)停車する自動車に自転車が追いついた場合は、後ろで待機します。歩道に行っても構いません。 (右車線にしか自動車がいないが埋まっている場合は、右折車両扱いで 自転車は左車線を直進しても良いと思います。)
渋滞については分かりませんが、車道の左車線が自動車で埋まっている場合は、自転車は歩道を走る方が良いでしょう。 渋滞しないように 道路(経路)を複数整備(開通)しておく方が良いのかもしれません。
一見 スペースの使い方が不十分な気がしますが、横の車間距離の重要性がとても知られた現代において、今までと同じ走行方法を保存しながら、様々な車両と人の安全性を確保する明快な手段は、このように 横のキャパシティを目いっぱい使わないことです。
信号待ち(予定)の台数の自動車が一定数を越えたら、自転車の有無にかかわらず、自動車は右車線を走るようにシステムが選択します。このとき、原付とバイク(オートバイ各種)にも伝わるネットワークが必要です。
(上記の場合でも、自動車は基本的に並列しませんが、交通渋滞が起こったときは、左車線[状況に応じて一定数]と右車線[限界数まで可能]に自動車は信号待ちし 左車線の自動車のみが青信号で先に発車、という方法が取れます。バイク各種は ルールと補助システムにて判断対応します。)
スポーツ自転車がビンディングペダルを装着し 停車時に立ちごけしても、他の車両にあたることは 基本的にありません。
自動運転により、後続の4輪自動車が 立ちごけする二輪各種に後方からあたることもありません。自動二輪同士とバイクの前方ならば 車間距離をたっぷりと取れる補助システムが必要ですね。
一般道の渋滞は、技術革新で得た益より できる限り無料に近い高速道路(高規格道路)にて 緩和できると思います。(原付が一般道を自動車として さらに快適に走れるようになると思います。)
ポイントは、自動運転により、鉄道がそこら中に走っているような利便性となり、自動車自体が(正常に)減ることです。
これまでの道路のスペースが そのまま有効活用できます。
また、自転車を歩道に追いやる必要もありません。
さらに、別方面にサイクリングロードを整備する余地があります。
信号の老朽化問題は 自動運転の実現と組み合わせることで、信号のある交差点を減らし 時にラウンドアバウトにし、重要な交差点に自動車の待ち時間・自転車の走行を考慮した新しい信号とレーンを設けます。
(ラウンドアバウトも自転車が外側の車線にて優先され、自動車の速度は自転車位の徐行になり、歩行者や自転車がいる場合は 近づくにつれ停車します。場所の形状に余裕がある場合は さらに外側に自転車専用通行帯のラウンドアバウトを設けても良いかもしれません。)
信号のある交差点は、左折兼自転車レーン、自動車直進レーン1、自動車直進レーン2、自動車右折レーン、そして対向にも3車線、計7車線+両側に広い歩道を設けられる箇所に信号を作るということです。
右左折は、原付は右折レーンから右折した方が安全でしょう。自転車はこれまで通りに 左折レーンを通り 二段階右折します。 場合により 直線と左折のみ青信号の後 右折の→を長く表示して 右折レーンを長くする方法も考えられます。右折レーンを長くする代わりに左折レーン兼自転車専用通行帯を長く設置する場合は、左折自動車等の追い越しを自転車側が意識する ようにし、時に 左折(予定)の自動車は自転車の後ろを走行(徐行)します。 車間距離の保持により原付やオートバイなどの自動二輪のドライバーは見通しに余裕ができていますが、第二車線(追い越し車線)から左折車線へ(基本車線を経由して)車線変更する必要がある場合は 自転車が左車線後方(横・前方)に存在するということなので、ある程度速度を落とすこと(安全確認すること)が求められます。システムの精度と慣れだと思いますが、左折兼自転車レーンの出現後に基本車線(左の直進車線)に左折のウインカーを出しながら進路変更しつつ徐行して、そのまま左折する特例も認めるべきでしょう。 自動車各種は、渋滞のある特殊な状況以外では、(右左折レーン・右左折予定の自動車を除いて)並列していることはありません。
これまでは 車列に並び難かった自転車も、4輪自動車の自動運転により 左の通行帯の真ん中にて自動車の車列に安全に待機することができ、原付・バイクも 車列に並ぶことで安全です。
もちろん、自転車・原付・オートバイ各種、すり抜け禁止です。(横の車間距離と走行順序が曖昧になるため、同一車線内での追い抜き追い越しは基本的にNGです。)
自動車が自動運転になったなら、サイクリストも二輪のライダーも 安全のために 喜んで合意するはずです。 皆四輪自動車(交通戦争)の弱者たちでした!
バイク各種のライダーたち(最高速度で走行するロードバイク等も―)は、4輪自動車とたっぷり車間距離を取って、4輪自動車の流れを走行目安に走ります。
交差点前にて、歩道から車道へ乗り入れる自転車は なるべく制限した方が良いでしょう。 車道から歩道に上がるのはOKです。交差点後の自転車専用通行帯 兼 自転車専用停車帯の空間への歩道からの乗り入れを推奨します。
原付が右車線を走って自転車を追い越すときは、右車線は時速40kmで流れていますので、ロードバイクと並走することが考えられます。(他に遅い自転車が左車線にいる可能性を考えると、右車線の方が流れは速くなります。)
自動車が左車線も走ることによって、飛び石問題が緩和されます。自転車専用通行帯には飛ぶタイプの自動車にくっついていた石が多いです。(ただし、道路管理者が左端を中心に定期的に清掃する必要があります。自動車が一列走行なので、清掃しやすいと思います!)
自転車はロードバイクでも、基本的に左車線しか走りません。 (右車線を、原付・自動車専用レーンにするとよいです。信号の手前では 自転車は左に車線変更が必要です。)
次の信号ないし交差点で左折する予定の自動車は、前方の自転車(歩道から車道に出てくる自転車含む)の数などを自動運転システム(バイクの場合は補助システムや現地情報のネットワーク)で計り、左折することが難しい場合は、信号待ち等を前提で 前方自転車の速度で左車線を走ることもできます。(前方の端に自転車が停車している場合は、安全ならば徐行でパスすることも考えられます。)
バイク各種がバイクを降りて歩道に上がりたいとき、自動車が緊急停車する時などは、左車線を徐行して停車します。
救急車などの緊急車両が左車線か右車線を通れるというメリットがあります。左車線を通る場合は、自転車の停車帯として、車道外側線エリアに相当する空間を確保した方が良いかもしれません。
左車線のみを時速30km以下で走りたい原付のために、待避・減速していない自転車を追い抜かさない実技試験をパスする必要があるようにする(そのための自動運転互換的なシステムも開発する)ことも考慮します。ややこしい場合、自動車と自転車の混在が危険となる場合は そういった措置はとらずに、自転車(特に電動自転車)利用を推奨します。
原付は、片側1車線の道においても、法定速度が時速40kmを実現し 自転車の車道走行を明快にする役割となる場合 (時速40kmにて交通の流れに乗る役割を勧められる場合) においても、時速30kmで走行してもよく、性能とスキルに応じた速度とルートを選べばよく、自転車も同様です。
高校生(該当の年齢に達する若者)が原付に乗る場合、より 真剣な勉強・実技内容にすることが求められます。(徐行が必要な場所などですね。)
指定の道路以外では、依然として原付は法定速度 時速30kmでよいかもしれません。(ただし ややこしいです。)
(どこの道路が時速40kmで走行可能なのかは、きっちりと情報を得ることができるシステムが求められます。)
日本は、都市部も郊外も含め 細かい構造の狭めの道路が多いので、自動車との構造分離よりは 都市部で自転車の走りやすい道路(自転車専用道路に近い道路)を整備し、全般的(全国的)に自動車と同じ走行空間を共有して走るのに向いています。阿吽の呼吸と言われますが、近年の自転車ナビラインなどがその表れ(第一歩)だと言えます。
[繰り返しになりますが、これまでの内容は、筆者の自転車走行経験から 自動運転が実現したら、という空想的なシミュレーションです。 原付の法定速度は時速30kmです。]
現在の自転車と自動車 ~現状における本心~ ☆こころに余裕のある方向けです☆
現時点で、片側2車線の道を自転車で走れる方法は限られてきます。
左車線の先頭の自動車は、前方に自転車がいるか、走っている可能性が高いと予測できる場合は、交差点より二車線並走時点で、時速60km制限であっても、時速40kmまでしか加速しない方法を取る、という着眼点。
そうすることで、自転車に猛スピードで追いつくことが無くなり、右車線の自動車は無理なく1台ずつ流れていきます。
これを達成し難くするのが、後ろから煽る自動車です。
自動運転がフェイズ5(で普及率100%)に達していない時点でこの方法を強制はできませんが、安全運転義務として、自転車をぎりぎりで抜かす選択肢しか残さないで猛追するのは 明確に違反だと思います。
きっと あたったら…。
並走しての接近は、最初の時点で路肩側に減速を強いられ、路面状況の上に 後ろの確認し難い状況などから 非常に危険ですので、さらに並走して接近されると、今度はさらに減速・・・
即ち、並走状態の片側2車線道路の先には、左端に停車した自転車が高確率でいるはずなのです。(それがカーブの後だったら、さらに危険ですよね。)
私が思う疑問は、自動車のドライバーは、どのくらい この 当たり前の成り行きを分かっているのか?
分かってて並走状態にして 減速も ろくに しないのか、あるいは意外にも分っていないのか…。
基礎として、最低、横断歩道の停止線で百発百中、歩行者等のニーズにこたえられるように、停止線で無理なく止まり 横断歩道をふさがないようにできなければなりません。
自転車の方が歩行者を発見して停止線での停止が行いやすいというのなら、自動車はその上位互換でも何でもありません。今や証明されつつありますね。
歩行者等に脅威を与えるので、わき道などからの止まれの標識の停止線も同様です。該当区間で自転車が止まろうとすると自動車が後ろから突っ込んできたことは数え切れません(呆)
これらができないと、到底、片側2車線や多車線の道で、自転車に配慮できる わけがないのです。
ゆえに、責任の重さを感じている自動車ドライバーが少なすぎると、横断歩道等を渡るたびに 強く思います。
自動運転はフェイズ5の普及率100%まで 自転車インフラ(つまり自転車に天敵の 原付のすり抜けも完全解消)を考えて しっかり実現してほしいです。 それまで無事でいられるかなって思います(-_-)(-_-)
その後も、自動車の責任が清算されるわけではありませんが、どうにもならなかったことが どうにか なったとき、もしかしたら強い罪の意識が芽生えるのかもしれません。私はそれを期待します。
自動車の交通ルールは、人身事故の刑事責任など 強い怯えからドライバーに浸透しています。 よって、取り締まられない行為は 固まったままスルーします。
私がすり抜けをしていた頃と全く同じ理由と文化ですが、モラルの判断基準がどんどん狂ってマヒしてきます。
自転車は、好きで交通ルールを覚えながら走ることができ、後続車を後ろに付けない工夫もできます。 ただし、交通強者からは…。
大きな恐怖に縛られない自ら運転する乗り物として、自転車以上のものは無いと思います。
その自転車に乗っている人のほとんどが、交通ルールを熟知しておらず、怯えから歩道メインで走ります。
乗り物は素晴らしく、自由で、安全運転をしようと思えばいくらでもできる!
そんな希望を感じれる正直さが本来あるのです。
この交通社会で、なぜか あらゆる人がそれを忘れています。(共有することを忘れています。)
今気づく時なのです。
そこに、未来の技術は手を差し伸べて、一緒についてきてくれるのですから。
☆ 次の記事 ☆
〝自動車と自転車のセーフティ・ネットワーク ~自動運転・交流~ [今変わる!道路交通]〟
posted by インテグラルとど at 09:00| 実用的生活実践
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2018年08月17日
自他になるべく損害賠償を与えない方法 ~節約型の実践~
現在、もう、何でも武器です。
節約生活がニート(もどき)だとか言われていようが
実際にその生活をやり切った者でなければ、正当な批判を定立する権利はないでしょう。(というか主張してもその意味で定立できない。)
また、題名は、単に〝損害〟というべきですが、Q/4の象限を強調するため、あえてそう書きました。
インドアが重心の引きこもり型(節約型)は、このように
火災などの番をする、不用意に社会に出て物などを破損させるリスクを減らす
と、強みがあるのです。
今の、〝何でもかんでも被害者にする風潮〟は、〝会社に出てきて働かない者はクズ〟というような似非倫理(というか高度経済成長期以前にしか適用できない古い倫理)と矛盾していますね。
なぜなら、昔以上に破損や汚損に会社は潔癖だからです。
結論は、より自由に気軽に楽しく、ですが、子どもたちに〝なぜ多くの大人の目が下を向いて事故りそうになっているのか?〟を説明するには、このような視点が必要ですね。
節約生活がニート(もどき)だとか言われていようが
実際にその生活をやり切った者でなければ、正当な批判を定立する権利はないでしょう。(というか主張してもその意味で定立できない。)
また、題名は、単に〝損害〟というべきですが、Q/4の象限を強調するため、あえてそう書きました。
インドアが重心の引きこもり型(節約型)は、このように
火災などの番をする、不用意に社会に出て物などを破損させるリスクを減らす
と、強みがあるのです。
今の、〝何でもかんでも被害者にする風潮〟は、〝会社に出てきて働かない者はクズ〟というような似非倫理(というか高度経済成長期以前にしか適用できない古い倫理)と矛盾していますね。
なぜなら、昔以上に破損や汚損に会社は潔癖だからです。
結論は、より自由に気軽に楽しく、ですが、子どもたちに〝なぜ多くの大人の目が下を向いて事故りそうになっているのか?〟を説明するには、このような視点が必要ですね。
posted by インテグラルとど at 09:00| 実用的生活実践
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2018年08月20日
インドア派は料理を作ろう♪ ~節約型のお得感~
現在、飲食業界は不況のようです。
もっと 心身を浄化するような接客活動を楽しめれば、時を忘れて充実できるので、別に問題ないはずなのですが、まだそれは主流ではないというところ。
インドア派の人たちは、不当に髪の毛を提供料理の中に入れなくても良い、家庭内での自炊という実践をすることで
社会を楽にすることができます。
特にチェーン店は、あまりに無理な展開なら大きな損害が・・・となる危険が増しますので
実は、それなりの規模で十分だったりします。
資本主義は〝解釈〟しましょう♪
もっと 心身を浄化するような接客活動を楽しめれば、時を忘れて充実できるので、別に問題ないはずなのですが、まだそれは主流ではないというところ。
インドア派の人たちは、不当に髪の毛を提供料理の中に入れなくても良い、家庭内での自炊という実践をすることで
社会を楽にすることができます。
特にチェーン店は、あまりに無理な展開なら大きな損害が・・・となる危険が増しますので
実は、それなりの規模で十分だったりします。
資本主義は〝解釈〟しましょう♪
posted by インテグラルとど at 09:00| 実用的生活実践
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2018年08月24日
法律をしっかりと守ることは 以前の法をパワフルに侵すこと! ~否定包含の真実~
法律とは、他ならぬ〝幸せでいるための方法〟です。
ただし下側の象限にある〝個人領域よりは福祉の領域〟です。
で
もう機能しなくなっている法は、無理矢理守ろうとしても守れないことが多いばかりか、逆に自他を危険にさらしてしまうということにも成り得るのです。 (部分性を否定・より多視点包含的にすることにより起こる旧領域同士の競合点 そして 基本構造と移行構造の違いを考慮。)
例えば ≪こちら1・こちら2 参考 等より≫ 自転車横断帯の通行方法において、〝いかなる時も迂回して横断帯を通行する(4)・・・危険〟より〝そもそも対面した信号に従う(5)・・・安全かつ全う〟の方が〝深い〟という風なことです。 (この解釈(5)が正当に正しいとされているかは微妙かもしれませんが。)
この場合、〝自転車横断帯に対する解釈〟の排他的な部分性が否定されています。
より深いホロンへと定立するためには、こういう風に部分的に全否定することと等しくなるという法則があります。
(ですが、これは、元々安全のためにという大義=排他的ではない本来の目的部分 を全肯定することに等しいのです。)
ミスチルも当時言及する〝法(律)とは侵すもの・破るものとしても全うに定立し得るものなのか?〟という問いは、やはり非視点的狂気(病的な6)で解さずに、ホラーキー(8)で考えればよい、ということですね♪
(補足:ゆえに 法律の基本構造重心と倫理の移行構造重心の混合物ないし同時生起する象限を自分勝手に解釈されるのに否定包含の響きが使われる、とツッコむ以前に、ぶつけられることが怖い自動車の 信号のない横断歩道の停止線で停車するドライバーほぼ皆無と、そもそも自転車のほとんどが多視点的な交通法はもとより基本的なそれも理解していない点より、今回の視点をまともに実践できる方は少ないようです。)
ただし下側の象限にある〝個人領域よりは福祉の領域〟です。
で
もう機能しなくなっている法は、無理矢理守ろうとしても守れないことが多いばかりか、逆に自他を危険にさらしてしまうということにも成り得るのです。 (部分性を否定・より多視点包含的にすることにより起こる旧領域同士の競合点 そして 基本構造と移行構造の違いを考慮。)
例えば ≪こちら1・こちら2 参考 等より≫ 自転車横断帯の通行方法において、〝いかなる時も迂回して横断帯を通行する(4)・・・危険〟より〝そもそも対面した信号に従う(5)・・・安全かつ全う〟の方が〝深い〟という風なことです。 (この解釈(5)が正当に正しいとされているかは微妙かもしれませんが。)
この場合、〝自転車横断帯に対する解釈〟の排他的な部分性が否定されています。
より深いホロンへと定立するためには、こういう風に部分的に全否定することと等しくなるという法則があります。
(ですが、これは、元々安全のためにという大義=排他的ではない本来の目的部分 を全肯定することに等しいのです。)
ミスチルも当時言及する〝法(律)とは侵すもの・破るものとしても全うに定立し得るものなのか?〟という問いは、やはり非視点的狂気(病的な6)で解さずに、ホラーキー(8)で考えればよい、ということですね♪
(補足:ゆえに 法律の基本構造重心と倫理の移行構造重心の混合物ないし同時生起する象限を自分勝手に解釈されるのに否定包含の響きが使われる、とツッコむ以前に、ぶつけられることが怖い自動車の 信号のない横断歩道の停止線で停車するドライバーほぼ皆無と、そもそも自転車のほとんどが多視点的な交通法はもとより基本的なそれも理解していない点より、今回の視点をまともに実践できる方は少ないようです。)
posted by インテグラルとど at 09:00| 実用的生活実践
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