2018年06月04日

なぜ〝副業〟と言うのか? ~天職とより良き自由な感覚①~

巷では、〝こそっと副業〟とか、何か、本業と違う、異端だがやったもん勝ちみたいな、やや意味の解らない空気が流れております。


副業と呼ぶものの欠点は、分けて考えるところです。

要は、本業は正しい、副業はダメだとか

本業はしんどい、副業はさらにしんどいとか

本業はやらなければならないとか、副業はさらにやっているから変だ・・・とか・・・。

つまり――。
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2018年06月07日

何のためにお金を稼ぐのか? ~天職とより良き自由な感覚②~

私は、工夫して自由にお金を稼ぐのはおもしろいと思います。

以前、〝よりよく働きたいというシャドー〟を指摘しました。 (働きたくないというシャドーではないよと言いましたね。)

副業をするのは、お金が欲しいからで、そのお金で、何か足らないものを埋めようとするからで、それはなぜかというと、〝自由な感覚〟が、働くことに欠如しているという…。

そう考えていくと・・・
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2018年06月10日

働かなければいけないと〝決まっている〟 ~天職とより良き自由な感覚③~

まずは心が。誘導する文化が。

決めていると言った方がいいですが、これは、脚本病理に近いものです。


普通、形式主義は、職業選択の自由が理解できますが、〝本業と副業〟に分けているところが、自我と社会ないし文化の断絶に思えますね。

そもそも、分けている時点で、〝逃れられない何か〟と〝それから逃れる何かを模索することでさらに逃れられない何かを増やしている〟といった感じを受けます。

文化的なシャドーの類型でしょう。 (個々人の内部にリアルに存在する)

そうすると・・・。
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2018年06月13日

副業だけで生きていく ~天職とより良き自由な感覚④~

私もまた試験段階ではありますが、これだけは言えて

〝副業と言う分け方をしないでよ〟と思いますね。


副業をどれだけ寄せ集めても副業でしかない、という差別化も、本業と言う中に存在する矛盾の〝よりよく働きたいという黄金のシャドーの無視〟の、複雑な一例でしかないのです。

私ならば、音楽の配信、ブログの運営、節約に分類される種々活動、その他もろもろ、考えてみれば、自分でいろいろとやっていることに気付いて、なんか楽しいです。

ほぼ稼げないものもありますが、金銭をリアルに感じるので、結局は、本業と副業に分けてしまう人は、もう少しシャドーワークをするべきかもしれません。


で。
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2018年06月16日

正式に働いている人の気持ちしかわからない ~天職とより良き自由な感覚⑤~

前回の私の主張は、本来普通に生きていればやらないルートであるということで、わざわざやる必要があるわけではないのですが、〝本業と副業〟に分けるふつうの人々(?)は、私タイプの心境が分からないのだなと容易に想像できます。

本業が当たり前が確定している限り、レール式で就職した結果、〝副業のようなことしかしていない人の気持ちが分かるはずがない〟という脚本を完成させているのです。

ここ、微妙に奇妙です。 (私は普通に働いている人々の気持ちや経験を理解しようとし、だいたいこんな感じだろうと分かっているので、〝分かるはずがない〟とは思っていません。)


ともすると・・・
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2018年06月19日

自分の七変化・再強化 ~天職とより良き自由な感覚⑥~

4象限理論で言えば、普通、1つの象限を重心にして育つ(例:科学・Q/3)が、後に転向して(例:音楽・Q/1)、4象限すべてに熟達してくるようになる、という風なことです。


私は、ケン・ウィルバー的なブログを、歌と結びつけることを、長く封印してきました。

地元のストリートで、私のすべてを明かしたくない、という風なことです。


やがて時が経ち、だんだんと〝おもしろくなくなる〟ことで、覚悟が決まって来て、自分を全部出していくようになります。


そうやって、成果を一つ一つ合わせていくと、複合だけでなく、やがて再統合されてきますから、今までにない経験ができて、〝自分として生きている〟と感じることができて、お金をあまり得られなくてもよかったと思うと思います。


で。
ラベル:AQAL
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2018年06月22日

全てを頑張ってみて一つにする ~天職とより良き自由な感覚⑦~

全然違うことをやっていくと、しばらくは以前のことを忘れます。

でも、経験はそのままなので、前回の経験が常に生かされていき、もどかしい違和感の続く、熟すのに時間がかかりそうだという状態が続いていきます。

特に、自己流が2つある場合、正当な専門1つに勝る気がします。替えが利かないからです。

つまり、〝よりよく働きたいというシャドー〟とは、こういった〝2つ以上自分のペースでゼロから極めたら、どうなるのだろう?〟〝順番は自分ならどうしただろう?〟という風な、未知なる少数派が実際に行っている可能性についての〝しっくりこない感じ〟に関係するのでしょう。


そして。
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2018年06月25日

与えられた仕事に対する〝限定事項とは?〟 ~天職とより良き自由な感覚⑧~

いわゆるロックスタータイプの〝わたしはわたし型〟は、社会を無視するという点で、限定的でした。

つまり、〝正当な社会人の仕事の盲点を十分に指摘する方法ではなかった〟のです。

正当な社会人は、ロックスターの生き方をすることで、仕事社会の限定点を把握できるわけではありません。

つまり、〝仕事は重要で地道な作業も必要だが、全部言われるままに就職して給料をもらう社会システムしか知らない人は「自分だけで考える経験がほぼ無い」ため、ロックスターのような生き方+地道な作業の自分で考える版、の行きつく先のようなところに行きつけない〟

ということ。


これは、圧倒的多数が〝本職に着いている当たり前の社会〟であるという流れの、多数決の盲点、と言ってよいでしょう。
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2018年06月28日

おもしろくないという恩寵 ~天職とより良き自由な感覚⑨~ ≪終≫

私は近頃、おもしろくないと感じます。(そう思うことがあります。)


これは、誰もが感じることなので、生き方の問題ではないでしょう。

時代の方向性の問題だと思います。


ですが、一度やって、それなりに極めた後放置している事柄があった場合

ふとしたきっかけで再活性化すると、しばらくの間とても充実します。

これは、自分の能力の限界点も含め、人生を波乗りする上で、楽しい生き方の確かなヒントを持っているわけです。


ただ、どっちつかずでもあるわけですので、ひとつ言うと

〝私達は、そういった行為の間に、ずっと安らいでいる〟〝充実と落ち込みの「空」「間」こそが、すべての答えになっている〟

ということを忘れないようにすればよいのです。
ラベル:AQAL
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