2019年09月06日

統合的な生まれ変わりと セラピーと 興味の洗練 ~脳と心のダイナミズム~

☆隣の記事 「ワープとタイムトラベルのアップデート! 」も宜しくお願いします。☆


あなたがもし、何かに異様に引き付けられ或いは拒絶している領域があるとしたら、そのセラピーこそが、生まれ変わりとして経験するような 大きな転換的な性質を秘めているかもしれません。

これは、広義のセラピーであり、影のワークとも関係しているものです。


人は自分にイミテーションを衝くもので、現代は詐欺にも利用されているポイントです。

最近では、アイドルブームの制服衣装化を文化的に外側から研究してみることで、例えば、その投影や隠れた意識的性質(儀式化など)が明らかになってきます。 (意識の起源史 路線)


簡単に言うと、人は活力を巧妙に使って、常に何らかの逃げ道を作ります

瞑想などもそうですが そういった逃げ道を自ら塞ぐ手段があります

活力が 異様に絡まった領域にて、逃げながら蜃気楼的行為化していた 習慣は、バイタリティを 極限ないし根源的に 吐ききれないために 慢性化します。

もう一つ、理解のポイントは、自分の出来るところまでしか活力を使えない、無尽蔵ではないということです。


それでも、人は、手におえないタイプの活力衝動を、無尽蔵に湧き上がるものだと 習慣的に認知します。

つまり、逃げ道を作ることで、活力を限界まで発揮する方法を開発できないように巧妙に封印しているということです。


瞑想など、多くのエネルギーを扱う平静の技法各種は、自分の活力を自在に発揮するパワーも秘めています。

即ち、例のタイプの活力は、殻を破って、イマジネーションの中で、消費し尽くすことが可能となります。


この点は、各自の応用ですが、自分に合った 妥協の無い実践、がキーです。


最近、この表面を なぞることで、最初の、〝入り組んだ活力が 強いセラピーの題材になる〟点のみの洞察は正しいですが、商業主義の悪によって、〝それに逃げ道を与えることを助長して慢性化させ 売りつける横行が、上記を混乱に混乱させている、と言うべきです。


昔のタレントは、私生活を国民に寄り添うことで明かして、模範的な流れをつくっていたのでしょう。

大衆に受け入れられる王道は、そういうことです。


ところが、さまざまな 芸能・芸術が 世の中にあふれかえってくると、少しずつ、悪用に開かれてきます。

これは、インターネットバンキングから 新手の訪問販売まで、説明しなくても うんざりするレベルで 分かります。

悪人にも知識を持たせてしまうということです。


近年では、この〝セラピー〟と〝破壊〟が、微妙に気持ち悪く混合しており、なまじ 〝最初の洞察〟のみ正しいために、国民に、模範を呼びかけつつ 崩壊の蜃気楼を誘っているのです。

一昔前までは、不合理な悪を見分ければよかったのですが、ポストモダン・ブーム以降、多様性に対応するための資金・時間・活力などが、さらに ヘビーデッキと化し、乖離的なストレスの元で、きれいに対応することが難しくなっているわけです。 自動車社会もその一種です。


つまり、こういった、イミテーションの悪(用)に対抗する手段として、このコーナーに挙げた実践の応用が利いてきます。


例えば、ある種のイメージを行為することで人と社会に迷惑を掛けてしまうならば、歯止めが効くので、思い切りやっても それが逃げ道となります。

微妙なポイントは、この恥ずかしさを イマジネーションで行うことができれば、活力を最大まで発揮する道徳的な目的(セラピーの為)がOKされるかもしれません。

しかし、通常の慰めでは、歯止めが利かなくなった商業的圧力の外側に立つことは難しいでしょう。


さらに、悪徳商法の元は、イミテーション、つまり、本当に行為を理解すれば即座にやめるはず、の衝動です。


つまり、そういった衝動(戦争をしたいなど)は、セラピーの題材にはならず、イマジネーション以前の疾患です。

最近の風潮で、この部分を なぜか勘違いし、何でもセラピーの題材にならばできると都合化し、悪徳商法と化してしまう例があるということで、それらをまねることで さらに平均レベルが下がるわけです。


また、ランナーズハイのように、やりすぎれば脳ないし自分を破壊してしまう可能性のある行為は、結局 総合的な思慮分別にモラルと 実践に掛かっているのであり、セラピーに応用する〝ゾーン体験〟を活用するかは、各自に任されています。 これを無尽蔵に禁止すれば、例えば スタニスラフ・グロフ陣営の主張する〝ホロトロピック・セラピー〟の理論と体系を 実践に応用するすべが無くなるでしょう。

ただし、こういった スポーツと自然神秘主義と瞑想修行のコラボ、のような実践は、悪徳商法の入り込む余地がなく、もし入っていれば、一発で別のものとなって破壊的になります。

これも、戦争によってゾーン体験したなどと語る混同に見られることです。

実際は、トラウマ・PTSDに対抗するような希望によって 形作られているわけで、戦争の方は、それらを蜃気楼に無意味化します。

言葉をあなたはどうやって覚えたのでしょうか? 赤ん坊に親の愛が無ければどうなりますか?


こういった多視点を地図として、悪徳商業に かどわかされずに、芸能界も一般サイドも 自他の衝動とセラピーの色々と向き合っていけばよい、と思います。


そして、結論に行きます。


統合的生まれ変わり、もし、絡まった衝動が 正しいバイタリティから シャドーワークとなって活力を消費して、もはや それ以上衝動が湧き起こらなくなったら、それは、その衝動によって仮定的に身を滅ぼした本人が また生まれ変わって 何かをしたいと思い 実際に生まれ変わって 以前の絡まりの活力行為に興味を無くしているので別の人生を送ることとなる、という実質を 今生の短い時間でターニング・ポイントとするので、そのように主張するわけです。

シャドーに変わりなかったので、結局は、分野と行為が同じで人間関係と関わり方のみ変化する場合もあるでしょう。


次は、もっと、脳にも自分にも優しい方法を取ることができる ようになるのです。
posted by インテグラルとど at 16:08| 実用的生活実践 | 更新情報をチェックする