2019年06月21日

みんな幸せは〝差異化と分離の違い〟を定期的に意識するだけで〝7割方 叶う〟 【魔法】!!


差異化と分離の違い

なぜか、この着眼点を、考えない人が多いようです。


誰にでも簡単に伝わるわけではありませんが、〝好きの無い世界はない(基底) 〟〝【きょぎ】を【きょぎ】として見る (シンプルに真実しかない)〟という領域(指示・命題)が示す 〝広義の科学的な〟領域です。


世の中の複雑に見える〝競争〟は、最初の差異化(発見)と、その分離(利益を得るための真似)によって成り立っていると考えてみましょう。

この着眼点で〝差異化と分離〟を捕捉するメリットは、〝メリットのシェア(万人の幸せのためのリンキング)〟ではない〝いつわりの模倣〟があるということが分かること(なんとなく想像がつくこと)です。

ここをおさえれば、余計なデメリットで〝コスト・ダミーを増やす〟必要すら なくなります。


内面に対しても、この主題は 特に重要です。 (差異化/統合 のサイクルが、内の領域にあるため。)

善きストーリーとは、恋愛にしても 関係の修行にしても、それが〝啓蒙的・芸術的な 善き事実〟でなければ深くは意味を成さず、つまりは、社会の乖離のうらみを わざとらしく 嘆きのネタにして そこに 元々あった エンライトメント・イルミネーションな〝発見〟を メッキして付けたとしても、後世に残るわけがないのです。

(この場合、メッキは、最初の良い〝差異化〟の方を理解するためだけに、反例を見つけるために 振り返られるにすぎません。 ―― それを 人気の復興と呼ぶのは 差異化と分離の違いを考えていない良い証拠です。)

音楽にも色々な芸術にも言えますが、この〝反例〟の振り返りプロセスは、〝コストを上げている〟だけの〝足の引っ張り合いの根源対策〟なので、芸術の進展を(社会的にも)遅らせます。

見てくれ中心主義(高画質・高音質なだけの表面主義)は、これを認めたくないという良い証拠に見えることでしょう。


記号論では、言葉の魔法とは文脈であり、文脈の意味とは 単なる文章が文脈であるという意味ではなく〝メリットのシェア(こころのリンキング)とその洗練が 良い言葉の深い意味の導きの総合的な進化と次世代への継承の正しい形(命題・指示 そして実践と確認)こそが 真のコミュニケーション(統合的なリンキング)である〟ということです。

言葉を奪って、意味を挿げ替えるか、自分の利益のために都合よく〝響きのいい言葉の表面を使って深さを装う〟のは、上記の統合的リンキング (と その 現-次世代 つまり子どもの 潜在的健全性のバーション) の創発を邪魔するわけです。


このように、科学・芸術・道徳 (私たちの芸術=総合的な内面領域=アート・モラル として捉えると 芸術と道徳を ひとつの領域にまとめられます) を 統合的な対話に開くには、分離はジャマ(イルミネーションなきイミテーション)でしかありません。


話題性とは、差異化/統合 の進化の流れ (みんなみんな幸せ) の今を告げるものであるだけでなく、 そのために必要な〝お呼びでないもの【カン違い】の 猪突明快な説明 【遂行矛盾=反例を挙げての証拠】〟にもかかわってくるということなので、専門として流行を見る場合に、単なる人気に鵜呑みにされない、必須の視点だということです。
posted by インテグラルとど at 13:01| 実用的生活実践 | 更新情報をチェックする