2019年04月17日

すばらしい[人間関係]コミット・アート ~著作と社会交流と〝今〟~ ⑤ 《FIN》

私は、芸術家としてのコミュニケーションをしながら、生きてきました。

一人寂しいことも経験し、〝繋がりたい人がずっとそばにいる〟〝大好きな人たちとの末永い人間関係の場所に〟そんなシチュエーションをより強く 望むようになりました。


その中で、インターネットを 自分の魅力の排他性を隠す道具にすることに、もはや飽き飽きし、バイタリティを切り離し 想像そして反復する妄想のようなものに至ることは〝気分が悪いだけのもの〟であることに 気付いていきます。


インターネット上には、人間関係に優れた すてきなつながりを持った芸術家もいます。

壁にぶつかりながらかもしれませんが、色々なところから、学べます。



私は、人間関係と芸術の〝相性〟について、いつも悩んで くじけてきました。

芸術をやればやるほど、公の場で その意図に耐える交流をする〝エネルギーと機会〟を得る方法が 難しくなっていったからです。


芸術は、コミュニケーションです。

インターネットで つながっていくことで、私は あらためて 学んだのです。

形式ではなく。

形を伴わせる強引さもいらない。

インスピレーションの〝アート〟は 自由でいいんだ。

☆―☆―☆―


単なる多数決は、内面や深さの発見と成熟に いい影響を及ぼさないことが、インターネット社会では言えました。

歪みはそのまま 報告ページとして残るのです。

もし、良い意図の芸術の中から〝弱い部分〟を〝社会に受け入れられている通念だ〟として〝本来の意図を自分勝手に独占無視して〟〝多数の同様の良い意図の芸術の弱い部分の表面構造を抜き出して〟〝悪意を持って組み合わせて〟〝知られていない無名サイドの深い功績を一般サイドにショックを与える形で社会現象を起こすために惜しげもなく起爆装置と化して〟悲しいほどに〝世の中の見たくもない部分を無気力に見せられる矮小化〟を画策されたら、その傷跡は 必ず 私たちの歩みに残るのです。

そのおかしな意図とは〝悪い意味でのインターネットのモラルのハードルを壊す事〟にあります。


私は逆で、〝積極的な協力としての 芸術家同士の作品間の 広義の引用を含む コミュニケーション そして 他分野との同様な多面的交流にまで広がるための インターネット上のハードルを下げること〟を 意図して こうして 文章を報告しています。

実際にそれは、花開きました❀


もし、悪い方の意味で、ハードルを壊された場合、私のやってきたことは〝誤解され〟それが目論見でしょうが〝世の中なんて醜いんだ 強者の言いなりになるしかないんだ だからモラルなんてばかばかしくて皆 欲望に浸って自分なんて無くしてしまえばいいんだ〟という呪いを〝多数決にて証明〟させ、そのウィルスを〝子どもや女性の差別となる し好物で自他を鈍らせる バラバラで気分の悪い 天国と称する地獄〟インターネットを媒体とする意味のない独裁主義のためだけに 公のお墨付きを語って ばらまくわけです。

現時点で、インターネットに公の〝すてきな人間関係〟〝協力して創る 自由な芸術と著作の為の 熱心なアップデート型 自由なコミュニケーション引用の為のルール〟が 条件付きでしか 前進しないのは、やはり、誰かが リベラルな民主主義の多数決を悪用して〝インターネットは芸術家を壊すためのし好品である〟という 混乱を〝無防備な経路で信じ込ませることに成功した〟からなのでしょうか?

私たちの深い洞察と意志は、生きますか?

行きましょうよ。



健全に深く、公のインターネットコミュニケーションがリベラルな多数決・正常な判断を伴って 豊かで濃厚な安定を獲得すると、誰も誰かを陥れたりするような 意味のないパクリ騒動のような問題は 起きず、邪な画策は 皆にしっかりと伝わって見抜かれてバレて 目論見は拒絶され、社会の因習の蓄積・ルールの混乱こそが苦しみとしての〝し好物の牢獄の掲示板なんだ〟と〝理解して二度とそこに陥らない〟のです。

自転車の乗り方と同じで、覚えてしまえば、思い込みとしての無秩序な情報に左右される必要が無いのです。


うまく書けたかは分かりません。

本当は、30ページくらいのパートに分ける文章量ですが、5パートにしています。


好きな人の 渾身の〝やさしいアート〟の 公のインターネットでの〝プレゼント〟は、えも言わぬ至福です。

皆にも そういった喜びを味わってほしいのです。



誰もが著作を持ち、誰もが究極的には芸術家―――

きっと、未来の地球は、どんどん豊かになるでしょう!!


いいね(≧▽≦)☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
posted by インテグラルとど at 09:00| 実用的生活実践 | 更新情報をチェックする