2018年11月21日

空に絵を描く ふしぎなパズル♡ ~L/9の多時間的コミュニケーション~ ③ 《FIN》

基底には時間が無く、そこから形が生起します。

パラレルワールドも形として生起するわけですので、今までと同じく 基底の驚くべき性質(→t)に対する説得力と理解度が増したというだけです。

ただし、とてつもないことでもあります。

タイムマシンが無くても、既に何回か世界線をタイムトラベルしたことを確信できる利点と同上の経験です(笑)

前回の視点の式の場合は、適切なリンキングが根拠であり 基底からの強い運動で、不適切な矮小化は (認知だけでも高いなどで抗争上の悪意を持ったりして) その強い健全な規定の運動に巻き込まれるだけです。 よって、不思議な偶然の断片は経験するかもしれませんが 彼の力では全くなく 軌道を酷く逸脱しており 基底の正しい意図は何も反映されていない状態で 世界に不利益を与えるだけです。(ヒトラーのように。) ―――それは 創発を邪魔します。


ケン・ウィルバーのインテグラル・スピリチュアリティは、とても奇才な本であり、私は運命(10)を感じますが、高度10は推論で、私でも背負いきれないであろう 超一致的な構造-段階だと思いましたので、そう位置付けています。

パラレルワールドのことが出てこないのは、これが彼の無時間的に自然な選択(10)だからです。


高度9が統合されはじめると、〝起こす行為が 共時性を伴う強いリンキングであるか 分かる〟ようになります。

これは、インテグラルライフで〝ILPが私たちに取り組む(9)〟と言っているのと同じです。

日常の何気ない行動に共時性がありますが、本当に強い意図(→t)は、私たちの深い夢(空)なので、何が本当に大切な行為なのかが、今決定的に重要な気付いてやっておかなければならないことは、デジャヴセンサー的にも、把握できるのです。

ちょうど、高度8が統合された時点で、すべてがコンストラクション(鏡の視点-インテグラルな虚像) であることが分かって 深い視点がAQALで把握できる ことがポイントです。それが基礎になるわけです。

高度8は、地球的な世界線ひとつを中心にしますので、この世界での決定的に重要な貢献-行為が見抜けるということで、その行為と〝共時性・デジャヴ〟をブレンドしてさらにひたむきに実践していけば、多世界まで根拠にできる同様の体験ができる、と 確かに ケン・ウィルバーが言うように〝合理的(8)に説明〟できます!

ただし、合理的(8)に体験(9)はできません。

この、ターコイス(8)から インディゴ(9)の進化は、同様な鏡の構造的意識のシンクロニシティを深く広げるだけで良いですので、パラレルワールドのネタが道徳的(9)に分かっていれば、それほど 大変な移行ではないのです。

ただ、資本主義の常識が この世界を基本に置く以上、重心からは不思議で驚く世界には見えます。 AQALに慣れておくことが基本です。


どちらにせよ、基底(空)には パラレルワールドが無いので、基底から私たちが生起することを確認する実践(スピリットモジュールそしてILP)を行っていけば、別にパラレルワールドがあっても無くても、何のパラダイム的心配も持たなくてよいのです。 (世界は基底の表現[空の絵]です。)


最後に、ケン・ウィルバーが〝多次元のチェス〟だと表現した この世界の進化の構造ですが、多次元的には 私たちの願い=ピース だと言えて、この〝完成するようなしないような〟平面のパズルが(自己システムとコミュニオンの意味で)多層的に重なって、鉛直方向から見れば 不思議な絵柄をしているという風な捉え方ができます。

前者は(It/Its)的、後者は(I/We)的、と言えるかもしれません。


こういったことは、私たちが 少しずつ言及して発見・議論してきました。

今回は、それが色濃く表れて、私の人生の動機を変えてしまいかねなかったので こうして編集・ご報告した次第です。

とてもふしぎなことは、このモデルで基本的に抱擁可能です。


私のシンクロニシティ(9)の経験-根拠は、以下のページの内容です。 (概ね一般向けで 歌詞はネット上で見れます。)

僕のMr.Children ♡ ~orange (→t) の テイスト♪ロード☆~
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2018年11月20日

高度9(インディゴ)の〝リンキング〟 ~L/9の多時間的コミュニケーション~ ②

適切なリンキングと、適切性を欠いた〝まね〟の視点でお話します。


必然性があって強く結びつこうとしている2つの原子があるとします。

これに、横槍を入れる原子が飛んでくるとします。


(まね)×[(原子)×(原子)] です。

[ ]内は適切なリンキングであり、このままで結びつきます。そこが意図です。(分子に創発 →t)

その後に付く(まね)の原子は 適切なリンキングを欠いたもので、その気になれば そういう例を想像できるでしょう [原子の必然(基礎的な物質視点)→私たちの意図(深いモラルの視点)――カテゴリーエラーに注意]。 この項の出来事はあっても無くても〝意図〟は変わりません。 (決定的に重要な意図に全然関係しない。)

ヒトラーがいたから地球が結びついた、などと言うことはないです。 断片化しただけなのは見ての通りです。

逸脱できる道は真の道ではない、ということです。


上記の視点の式を 高度9での適切なリンキングと歪んだ矮小化で考えると、適切な霊性とモラルを持った霊能者(ふつうの人でも それぞれでもいい)同士のリンキングに 高度9の認知を持ったバージョンのヒトラーのような者が(病的な情勢を通じて)現れることで、彼らの功績が酷く誤解される、ということです。

これによって彼らが良くなるということはないです。

これが、ホロンの普遍的原則です。

民族時代の封建関係の健全性についても同様に考えられるでしょう。 (健全な場合 誰もが幸せで、奴隷は存在しないと言えるような 古代的社会が 傾向としては存在するという視点。)

また、多次元的(9)には、このような民族社会(3)とも統合的生まれ変わりを今しています。(今存在していますので。)

ここが、退行特急のロマン主義や 境界症例と違い、全く関係しないポイントです。

多次元的な健全性で日常を捉えるということですね。
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2018年11月19日

不思議な偶然は 私たちが起こしていた!? ~L/9の多時間的コミュニケーション~ ①

不思議な偶然は、私たちが起こしていた!?


逸脱できる道は真の道ではない。――これは 高度9で より実感できます。

今回、私は パラレルワールドで 直覚・仮定してきた 〝多次元的な経験(9)〟の統合(フェイズ)を見るような濃密な構造的体験をしました。

書いておくことが重要ですので、今は 要点だけアップデートします。

作品や強い想いに関する コミュニオン(交流)は、その世界空間(9)で 多-過去 から 多-現在 多-未来 に至る 一連の 多世界的なハイパーリンクを有することを、内面の(微視的)パラレルワールドで経験しました。

例えば、それが色に帰結する 強いメッセージ(L/9,Q/2)だった場合、買い損ねた自転車と その後の愛用の自転車の色まで ピタッと当たっていることなどです。

このように、シンクロニシティ(9)の半分(笑)は、〝無意識〟です。

多次元の自分たちと世界が、システム的な偶然も伴って (基底から)インスピレーションで選んでいるので、その意味で、パラレルワールドである過去や未来が 強い〝意図-創発(→t)〟を基点として〝見えている(既視感的)〟ということです。

よって、多世界線上の同様の世界空間(9)でも起こった〝共時性のまとまり〟が、この世界線でも起こるように直覚する、ということです。

これは、多-過去も含み、過去に起こらなかった歴史による多世界上の複雑な共時性がリアルアップデートする点も含むのです。

内にパラレルワールドがあるためですね。

もう一度まとめると、過去現在未来、どのような〝今‐世界〟も存在し、私たち(9)の世界空間内に これらのということです。

恋人の共時的歌詞が これまでの経緯で起こりえないようなフレーズだった場合、多世界の私たちが根拠となったインスピレーション(強い意図)から来た、ということです。

それは、今ここに生起しています。

基底から、多世界が生起するとき、まずは 元因(コーザル)より、微細(サトル)、そして くっきり見えるこの世界線 粗大(グロス)として生起します。

この、基底に近い構造(空の形≒多次元的AQAL的なホログラム)を 心と脳は見ているわけです。

これは、原子(5)と同じく、何歳でも生起する構造的現象ですが、高度9にならないと 経験できない〝後‐合理的なパラダイム(指示実践確認)〟です。

ケン・ウィルバーが昔、サイキックな状態-段階と 微妙に間違えた〝超意識の構造-段階(9)〟です。

大切なのは、高度9で言う〝健全性(とポテンシャル)〟即ち バランスの良い道徳とスピリチュアリティのライン等を基準にする世界空間であることが条件です。


長くなりましたが、最後の回に この洞察経験の元になった経験を記したページをリンクします。

(ノート2ページ程度にわたって複雑な矢印で自己確認した規模のものです。)
直観-繋がり-既視感的な強い意図 による 〝道(→t)〟ができる

次回は、高度9のリンキングについて。

最後まで、よろしくお願いします♡
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2018年11月11日

状態-段階と 幸せのライン ~〝楽しみ〟と〝究極の関心〟⑱~ ≪補足≫

議論にまとめきれなかった〝変性意識状態と 善き楽しみの関係〟について語ります。

メインの議論に入れなかったのは、スピリチュアリティをいかがわしく思う人々が ほぼこの〝変性意識状態〟の悪用に心底うんざりしているからです。

私の意見としての結びから言うと、私は〝変性意識状態と言う領域の 使われ方自体は 好きではない〟です。

歪んだ方の稚拙なカルト教などが〝修行〟と称して訓練していくのは、この変性意識状態の〝断片〟であり、まともな叡智の伝統の〝現象学〟(キリスト教の祈りや仏教の瞑想など)においては、再現性に明確な手順とテストがあり ケン・ウィルバーが〝状態-段階〟と呼んだ〝熟達できる領域〟です。

現象学的領域は 左上の象限であるQ/1の〝ゾーン1〟で、この領域は〝粗大(グロス)→微細(サトル)→元因(コーザル)〟そして非二元的な包含・適応へと入れ子上に熟達していき、ゾーン1においての濃密な状態-段階は〝発達自体を加速〟させます。

このゾーン1の〝状態-段階〟をより普遍的・三人称的な角度から見たものが構造主義(発達心理学など)で、同じ左上象限Q/1(個の内面)を外側から見た〝ゾーン2〟において、リベラルやインテグラルなど より深い〝構造-段階〟としての成長が観測されます。 (ゾーン1の状態-段階の熟達と、ゾーン2の構造-段階的な成長(モラルや霊性のラインなど)は 別々な角度から見た個の内面ですので、非常に大きな相関関係があります。)


そして、ゾーン2の構造-段階の熟達とは、今回のテーマである〝善き楽しみのライン≒究極の関心の発達ライン(霊性・スピリチュアリティ・信仰のライン)〟の熟達と非常に関係が深く、このラインの成長は〝認知とモラルと社会性や芸術〟など、非常にバランスの取れた健全な成長を実現する〝ペースメーカー〟となると、私は主張します。

逆に、スピリチュアリティ(ラインを含め態度など 4つの定義・視点があることは挙げました)が流された(見捨てられた)近代や現代においては〝おかしなカルト教や独裁主義〟のように〝歪んだ霊性=バランスの欠いた変性意識状態溺愛主義(嗜好物化)〟ばかりが乱立してきたように、スピリチュアリティの忘却は〝歪みを悪化させる〟ことが 証明されているのです。

(上記健全なペースメーカーとは、対人関係が苦手なタイプは芸術で補って交流するなどのバランスを伴うものと言えて、そのバランスにモラルのラインの成長は必須です。)


本来、〝楽しみ〟とは〝モラル〟の成長・適用であり、それによって〝より多くの人の楽しみの視点・味わい方を学べる〟ので〝楽しみの技法〟がより深くなるのです。

ただし、その楽しみは〝健全なバランス〟であることが前提条件で、スピリチュアリティのラインはここを大きく支えます。

よって、スピリチュアリティの発達ラインは、モラルのラインと似たものになると同時に、モラルのラインと共通する〝善き楽しみの実感〟を伴うということです。

ですので、普通は、モラルのラインはスピリチュアリティのラインに先行します。

リベラルのモラルは普遍的な他者の視点を共感し、その輪が楽しみを生み育てます。その過程が〝スピリチュアリティのラインの成長〟として観測されるのです。


ということは、変性意識状態の嗜好物化である〝状態-段階の カルト的・独裁的悪用〟とは〝モラルのラインを無視し、発達ラインのバランスを無視し、せいぜい微細(サトル)状態の部分に近接するだけの おかしな修行もどき〟と見れます。

非常に唯物論的かつ、行動至上主義でしょう。

脳内の嗜好物の溺愛だけが〝楽しみ〟である、という 大きな勘違いがあるのです。


今回の一連の議論の〝楽しみ〟〝善き楽しみの発達ライン〟とは、モラルのラインの成長とそのバランスを意味し、他者を含めば含むほど深くなる〝楽しみの技法〟であり、もちろん4象限[個・社会・文化]を含み、幸せの発達ラインとも言える〝公共の福祉〟に沿った合理的な発達ラインとして見ることができます。

そこには〝楽しみ〟の交流(コミュニオン)があり、一方通行ではなく、多様性も統合方向に包含していきます。

しかも、歪みの主張をする陣営に対しては〝これは多様性の範疇ではない〟として拒絶することができる知性の成長も期待できるバランスを保持します。


エンターテイメント業界の闇(カルマ)にも言えますが、ILP(インテグラルな実践)は上記の健全なバランスにおいて自己実現を地球規模で目指すものであるのに 歪んだ営みは そのモチベーション〝楽しみ・意義〟を壊します。

民主主義を掲げる独裁国家と同じく、エンターテイメントを語る変性意識状態の嗜好物業界(傾向)は、皮肉にも インテグラルを邪魔します。

それはまったく深くは楽しいものではないですし、包含した内なる子供に悪いものです。

〝エンターテイメント≒楽しみ〟の意味が大きく勘違いされがちで、スピリチュアリティが誤認されがちな風潮が未だ継続しているのをいいことに、その座に無理やり座ろうと画策する愚か者が、この業界周辺にも多いのです。

音楽業界は、バブルがはじけて物質主義がバランスを保ったように 一昔前に俗にいう不況となり、エンターテイメントの悪用に加担し難くなったことで、硬派なアーティストが虎視眈々と活動しやすくなったと感じますが、映像業界がタイアップと称して人気を担保に音楽家を飲み込んでいっているようにも感じます。 映像業界専属の音楽などは この良き不況?の範疇外の為、その他全体の傾向と同じく 肥えた物質主義(変性意識状態の嗜好物化)を奨励しがちであり、ファンもそれに乗っかりやすくなる風潮を加速し、映像のおまけと言う風に、音楽を安っぽいものに還元しているような気がします。

こういった風潮は、作品の主張を視点化して統合していけば、(良いものが分かるという意味で) 分かると思います。

情報過多の時代を悪用しているとも取れます。


前回挙げた、日常を お客さんに巻き込んでいくという風な視点は、〝自分が慣れ親しんだ環境・立場〟を〝モラルと霊性のライン(善き楽しみのライン)によって より多くの他者を普遍的に包含〟してゆき 自分の営みがプロフェッショナル性のあるものなのだと その価値を再認識し 公共の福祉と楽しみの熟達に活かせるべきだ!と言いたいのです。

芸術に特に言えますが、金儲け主義という上記動機を鈍らせるものでなくすることが必要不可欠で、雇われる形式はこれに気を付けることで経済の流れを伴った良い影響を世界に与える、と見ることもできます。

お金が得られにくい活動をしている人は、物と機会を大事にする修行をします。

いずれにしても、モラルのラインと他者の立場の包含によって、あらゆる人々の楽しみとそのより深いものの多様性を自分のことのように感じる〝楽しみ〟の雰囲気となっていくことが、聖なるものでないはずがありません!


わたしたちは、ひとりひとり 独特な経験をし、ゆえに 健全な成長ができれば唯一無二の〝楽しみ〟を与えられる武器を持つことができ、それが70億にもなれば、幸せと楽しみしかなくなります。

認知のラインでしか地球を見れないのではなく、モラルと楽しみを持って、成長して現代を生きることで、この 地球中のプロフェッショナルの実感が、机上の空論でないことが分かります。

本来 瞑想などは、この洞察とムードの為に応用します。

人には、進む力があるのです。


これまではこういったことを〝考えるだけでは〟と思われてきましたが、それは〝所与の認知過多の視点〟であり、むしろ〝より多くの視点に立つマインドモジュールは、ボディ・マインド・スピリット・シャドー(シャドーワーク・サイコセラピー)〟といったILPとして包括して生きていくことで〝実践〟となることが証明されてきました。

〝考える〟だけでも実体験になります。 地球に大きな影響を与えます。 健全であれば。


今回の議論は、スピリチュアリティにおける深刻な誤解と その本来の活用の膨大なメリットを示すために編集しました。

ぜひ、ご賞味ください♡
ラベル:AQAL
posted by インテグラルとど at 09:00| 実用的生活実践 | 更新情報をチェックする